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あなたのとりこ 639 [あなたのとりこ 22 創作]

「しかし土師尾君を退席させるのは勘弁して貰いたいね。土師尾君も役員なんだから、会社の将来像に対して責任があるし」
 社長は自分一人で従業員と対峙するのは何とも困るようでありました。一対五では如何にも気が重いと云うのでありましょう。
「それでは以後話しに口を出さないと云うと云うなら、居ても構いませんけど」
 袁満さんは土師尾常務の方を見ないで云うのでありました。
「そんな訳にはいかない」
 もう早速土師尾常務が口を出すのでありました。空かさず袁満さんはげんなり顔で舌打ちをして見せるのでありました。
「何を舌打ちなんかしているんだ。不謹慎だろう」
 土師尾常務は早速袁満さんの無礼な仕草に噛み付いてくるのでありました。
「もう良いわよ!」
 ここで堪りかねたように那間裕子女史が声を荒げるのでありました。「こんなくだらない事を何時までもグダグダ云い合っていても何もならないわ」
「会社を辞めようとしている者に、ここでそんな事を云われる謂れはないよ。那間君と均目君こそ少し黙っていて貰いたいものだな。何処迄増長すれば気が済むんだ!」
「社長はここに居る全員で、向後の会社の在り方とか方向性を話し合いたいとおっしゃっていたんじゃなかったですかね?」
 均目さんが土師尾常務を無視して社長に目を釘付けて訊くのでありました。
「勿論その心算だよ、私は」
 社長は一つ大きく頷くのでありました。
「それなら辞意を表明したとしても、今現在間違いなく社員である俺や那間さんも、会社の将来に対してものを云う権利はあるんじゃないですか?」
「それはまあ、その通りだ」
 社長は先程の頷きよりは小さい頷きをして見せるのでありました。
「と云う事だから、俺や那間さんに口を開くなとは云えないんじゃないですか?」
 これは土師尾常務に向かって云うのでありました。「何ら建設的な意見も云う事が出来ないで、そのかわり話しの腰を折ったり、無関係な茶々を入れたり、子供の口喧嘩みたいな云い合いに終始したりしている人に、黙っていろと云われる謂れこそないですね」
 均目さんのこの断固とした云い草に、土師尾常務は少しばかりたじろぎを見せるのでありました。ガツンといかれると途端に思わず知らず怯んで仕舞うのは、如何にも根が小心者のこの人の常の反応と云うものでありますか。
 しかし自尊心から、その怯みを糊塗しようとやっきになって何か云い返そうとするのでありますが、逆上しているものだから咄嗟に効果的な言葉が浮かんでこないで、口をモゴモゴさせながら、例に依って眼鏡の奥の眼球を微揺動させてしまうのでありました。これですっかり、平常心を喪失して仕舞っている事を見破られて仕舞う訳であります。
「何か云う事があるなら、とことん受けて立ちますよ」
(続)
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