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あなたのとりこ 635 [あなたのとりこ 22 創作]

「いや、別に無責任に会社を放り出すと云っているんじゃないよ。君達がそうする事が私の責任の取り方だと云うのなら、私は社長と云う立場に恋々とする心算はないと云っているんだよ。私だって社員に対する社長の立場はちゃんと弁えているよ」
「それならどのように責任を取る心算なんですか?」
「さてそれなんだが、・・・」
 社長は顎に手を添えるのでありました。「今年一杯私の報酬を全額カットと云う事にしたい。まあ尤も私は、社長としての報酬は大して貰っていないけどね」
「大して貰っていないのなら、つまり他の報酬もふんだんにある事だから、ウチの社長報酬を貰わなくても、大して応えもしないと云う事ですか?」
 袁満さんは可愛気のない事を云うのでありました。「社長の報酬全額カットより、我々の賃金二十パーセントカットの方が、生活が立ち行かなくなると云う点で、余程深刻だと云うものですよ。そうは思いませんか、社長?」
「それならウチの仕事の他に何かアルバイトでもしたらどうだろう。それは認めるよ」
「またそんな、無責任な事をあっけらかんと云う」
 袁満さんは声を荒げるのでありました。「真面目に応えてくださいよ」
「いや、ウチで出す賃金では生活が出来ないと云うのなら、他でアルバイトをする事を認めると、私は真面目に云っているんだよ」
「よくそんなふざけた事をしゃあしゃあと云えますね。無神経にも程がある」
 袁満さんは疲労感たっぷりに溜息を吐くのでありました。
「今迄多少はもの分かりの云い社長のふりを演じてきたけど、ここにきて万事に自己中心的で他人の事なんか頭の隅にもない土師尾さんと、社長も大して違わない人間だと云う事を証明したようなものね。遂に馬脚を現した、と云うところかしらね」
 那間裕子女史が鼻を鳴らすのでありました。
「まあしかし、ない袖は振る気があっても振れないからねえ」
 社長は軽口のように云ってニヤニヤと笑って見せるのでありました。もうすっかり体裁屋の顔を返上して判らずやの頓珍漢社長に変貌して開き直っているのでありましょうか。変貌と云うよりは、ひょっとしたらこの顔が本来の正体と云う事でありましょうか。
「で、それなら土師尾常務の責任の方はどうなんですか?」
 これは均目さんが訊くのでありました。
「人の責任をあれこれ追及しようとする前に、自分達の贈答社社員としての無責任ぶりをはっきりさせるべきじゃないのか?」
 土師尾常務が眉間に怒りを湛えて怒鳴るのでありました。
「やれやれ、ですね。これじゃあ昨日の会議と同じで中味のない話し合いですかね」
 均目さんが呆れ顔をするのでありました。「袁満さん、矢張り常務の誘いに乗ってこうしてもう一度全体会議をやったけど、単なる徒労でしたね」
 均目さんにそう云われて袁満さんは渋い顔で何度か頷いてから、徐に頑治さんの方に恨めしそうな視線を投げるのでありました。
(続)
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