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あなたのとりこ 629 [あなたのとりこ 21 創作]

「先ず話さなければならないのは、・・・」
 土師尾常務は何となく上目遣いになって、皆の気配を窺うような風情をするのでありました。なかなか話し辛いのでありましょう。
「変な間を空けないで、さっさと話してくださいよ」
 袁満さんが先を促すのでありました。土師尾常務はそんなぞんざいな言葉で急かされるのにカチンときたようでありましたが、袁満さんを一睨みしただけで、それにイチャモンを付けるのはグッと我慢するような様子を見せるのでありました。
「話さなくてはならないのは、つまり、賃金とか待遇の事だ」
「賃金と待遇を、どう切り下げようと云うのですか?」
 そちらの魂胆なんかは疾うに推察が付いているよ、と云うような見縊りの笑みを湛えて袁満さんは更に先を促すのでありました。
「つまり、・・・賃金は今の基本給を全従業員二十パーセントカットして、住宅手当は廃止として、家族手当と役職手当は現行の儘と云う風にしたいと考えている」
「家族手当と役職手当の支給を受けるのは日比さんだけと云う事ですから、要するに他の我々は諸手当を全部カットすると云う事になる訳ですね?」
「まあ、結果としてそうなるかな」
「何が、結果として、ですか。すっかり組合員だけを狙い撃ちにする目論見のくせに」
 袁満さんはこれ見よがしに舌打ちして見せるのでありました。
「しかし基本給の二十パーセントカット、と云うのは組合員も日比君も同じだ」
「何を無意味な、と云うのか、ふざけた云い訳をしているんですか」
 袁満さんが蔑むような視線を土師尾常務に送って鼻を鳴らすのでありました。
「別にふざけてなんかいないよ」
 土師尾常務は不快感を露わにそうに云うのでありました。
「本気でふざけていないと云っているのなら、その神経を疑いますね」
 袁満さんはこれ見よがしに溜息を吐いて見せるのでありました。「まあいいや。それで、賃金の関連ではそれだけですか?」
「あとは今年の冬のボーナスも全額カット、と云う事にしたい」
「まあ、そう云う事も云うだろうとは想像が付いていましたけどね」
「会社を存続させるためには、そのくらいしないと年を越せないよ」
「で、そうする事で今の従業員の雇用は保証されるんですか?」
「それでも未だ厳しさは軽減されないかも知れない」
 土師尾常務は調子に乗るのでありました。そんな土師尾常務の芝居じみた深刻顔から、社長と日比課長を除いた全員が、呆れてこれ以上会話を続けるのもうんざりだと云うような顔をして目を背けるのでありました。
「じゃあ、待遇とは別の件として、一体誰と誰の首を斬る気でいるんですか?」
 袁満さんがうんざり顔の儘もう一つの問題を持ち出すのでありました。
「勿論こちらとしては全員会社に残って欲しいと云う気持ちはある」
(続)
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