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あなたのとりこ 628 [あなたのとりこ 21 創作]

 事務所に戻ると袁満さんは早速、土師尾常務に今夕の全体会議を受け入れる旨通告するのでありました。土師尾常務は安堵六分と会心四分の笑みを湛えて、袁満さんに数度頷いて見せてから、早速社長に報告するために事務所を出て行くのでありました。

 土師尾常務はその日の夕方の二度目の全体会議の冒頭に、頑治さんにニヤニヤと勝ち誇ったような笑みを投げて寄越すのでありました。
「労働組合案件だから、もう全体会議と云う形式では話し合いに応じないと云い切って
昨日敢然と席を立った事を、唐目君は家に帰ってから反省したのかな?」
「別に反省した訳では全くありませんが、常務が昨日の自分の態度が気に入らないと未だおっしゃるのなら、またここで席を立ってあげても構いませんよ」
 頑治さんが無表情で一睨みすると土師尾常務は、例の目玉の微揺動を見せてから視線を逸らして慌てて口を噤むのでありました。頑治さんがその儘じっと目を釘づけている間、何度かその目に対抗しようと視線を合わせてくるのでありましたが、しかし土師尾常務はどう仕様もないように目が合うとその都度すぐに、あたふたと視線を横にずらすのでありました。どうやら昨日来の苦手意識が拭い去られていないような様子でありますか。
「いやいや、再度の話し合いを提起したのはこちらなんだから、未だ会議が始まってもいない内にまた席を立たれて仕舞っては困るよ」
 土師尾常務ではなく社長が冗談交じりの口調で、頑治さんを取り成すような事を云って笑い顔を向けてくるのでありました。何やら魂胆があるような風情でありますが、まあ、魂胆と云っても要は従業員に社長と土師尾常務の提起する勝手な会社再建案を呑ませると云うもので、頑治さんに向かって愛想笑いを繰り出す必要は別にないでありますか。
 それとも、あっと驚く秘策を胸の内に秘めていて、頑治さんの怒りを一応抑えて置く必要があるのでありましょうか。ま、その辺も話しを聞けば判るでありましょう。
「で、態々そちらから再び社員だけの会議を持ちかけてきたその意図は何ですか?」
 袁満さんが社長に向かって無愛想に訊くのでありました。
「それは組合対我々の団交と云う事になると、日比君一人が話し合いに参加出来なくなると云う事になるからね。これは拙いからね。社員全員で話し合うのが大原則だから」
 社長は尤もらしい事を真顔で云うのでありました。
「いや、日比さんに話し合いに参加して貰う手立ては、何とでもなりますけどね」
 袁満さんはさらっと受け流すように返すのでありました。 
「兎も角、組合対我々と云う対立に持って行く前に、全員の参加に依る率直な話し合いが絶対必要だと判断したからだよ」
「要するに全総連に出て来られると事が大仰になって、自分達に分が悪いと思ったからでしょうけど、まあ、その辺は脇に置くとして、早く具体的な話しに入りましょうよ」
「そうかね。それならこれから土師尾君の方から説明して貰う事にするよ」
 そう云われて今まさに全員の耳目を集めている事にピント外れの昂揚感でも覚えてか、土師尾常務はそれとなく居住まいを正して咳払い等して見せるのでありました。
(続)
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