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あなたのとりこ 624 [あなたのとりこ 21 創作]

「まあその辺は袁満さんの遣り方に任せますよ。組合迄足蹴にして出て行く心算は毛頭ありませんからね。残る皆さんが残り易い状態で俺は辞めさせて貰いますよ」
 均目さんはそう云ってビールグラスを取り上げるのでありました。
「あたしも一定程度の解決策が見えてから、綺麗さっぱり会社を辞める心算よ」
 那間裕子女史が後に続くのでありました。
「那間さんも本気で辞める心算なんですか?」
 袁満さんは那間裕子女史の辞意は、ものの弾みで表明されたものだと受け取っているようであります。そこが那間裕子女史としては気に入らないようで、女史は袁満さんを怒気を含んだ目で睨み付けるのでありました。
「袁満君、あたしが伊達や酔狂で会社を辞めると云ったとでも思っているの?」
「いや、そんな事は、・・・」
 袁満さんはあたふたと弁解するのでありました。どうやら那間裕子女史の眼光に竟そわそわして仕舞うのは、土師尾常務一人だけではないようでありますか。

 次の日、出社してすぐに全総連に、昨夜居酒屋で話された相談事を持っていこうとする袁満さんを、土師尾常務がそう云う企図で袁満さんが外出しようとしているとは先ず知らない筈でありますが、寸でのところで引き留めるのでありました。
「袁満君、ちょっと良いかな?」
 声をかけられた袁満さんはドアノブにかけていた手をその儘そこに置いて、顔だけで土師尾常務の方に振り返るのでありました。
「何か用ですか?」
「今日の夕方にもう一度全体会議の場を持ちたいんだが、どうだろう?」
「今日の夕方、ですか?」
 そう繰り返されて土師尾常務は何時もの無愛想と高圧的な態度をどういう魂胆からか脇に置いて、どこか懇願するような慎みを湛えた風情で袁満さんに一つ頷いて見せるのでありました。これはどうした風の吹き回しやらと、脇でこの二人の遣り取りを見ていた頑治さんは、少しの警戒心を抱きながら二人の話しに耳を欹てるのでありました。
「昨日は尻切れトンボに終わって仕舞ったので、会社の将来像について具体的なところを交えて少し詳しく、こちらの話しを聞いて貰いたいんだよ」
「それは当然、社長も同じ考えなんでしょうね?」
「そう。これは社長の指示でもある」
「ああそうですか」
 袁満さんは土師尾常務に猜疑の目を向けた後、今度は自席で耳を欹てている頑治さんの方に視線を送って寄越すのでありました。どう応えて良いのやら考えあぐねていると云った困惑がその眼容に蟠っているのでありました。頑治さんはその視線を受けて一つ袁満さんに頷きを返してから、すぐに席を立って制作部スペースに行くのでありました。勿論この件について均目さんと那間裕子女史に意見を求めるためであります。
(続)
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