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あなたのとりこ 620 [あなたのとりこ 21 創作]

「こうなった以上、組合員はこれで退出して、今後の組合活動の方策を話し合いますが、日比さんは組合員ではないから、それに同調して貰う必要はないよ」
 袁満さんが立ち上がって横に座っている日比課長を見下ろすのでありました。均目さんも那間裕子女史も、それに頑治さんも立ち上がるのでありました。
 袁満さんにそう云われて一人取り残されたような形になった日比課長が、おどおどと袁満さんに上目遣いの視線を投げるのでありました。組合員からは仲間外れを宣されたような具合だし、従業員の中では腐れ縁の長い付き合いである社長や土師尾常務に対しては、何となく不躾な態度に出る事が憚られると云うところでありましょう。日比課長としては、ここはどうにも悩ましいと云った立場のようで、こうしてほんの少しく逡巡している間に、何となく腰を浮かすチャンスを逸して仕舞ったような感じでありますか。

 組合員は非組合員の日比課長を残して、社長の再度の慰留も袖にして社を出て行くのでありました。こう云う展開になるとは誰しも考えてはいなかったのでありますが、こうなった以上この儘解散すると云う訳にもいかず、袁満さんの提案で組合活動の後に時々行く神保町の居酒屋に席を移して集会すると云う恰好になるのでありました。
 一通りの酒肴の注文が済むと、均目さんが切り出すのでありました。
「何だか突然会社を辞めると云い出して、混乱させて申し訳なかったですね」
 均目さんは袁満さんに頭を下げるのでありました。
「いやあ、参ったよ」
 袁満さんは冗談調にではなく、真から苦渋の面持ちで返すのでありました。
「俺もまさかあそこで、均目君が辞意表明するとは思わなかった」
 頑治さんが続くのでありました。予測はしないでもなかったけれど。
「あたしも一応驚いたけど、何だかこのところずうっと抱いていた均目君に対する不信感みたいなものが、これではっきり確証されたような気がしたわ」
 那間裕子女史が無愛想にそう云って、均目さんにまるで天敵を見る時のような憎悪に満ち溢れたような目を向けるのでありました。その目は、那間裕子女史と均目さんの間に、何の結託もない事を証明しているようだと頑治さんは思うのでありました。矢張りこの二人は、あの事件、の後に何の関係修復の努力もしなかったようでありますか。
「で、均目君はここに至っても、未だ会社を辞める気でいるの?」
 袁満さんが首をやや傾げて訊くのでありました。
「まあ、辞めるつもりは変わってはいません」
 均目さんが居心地悪そうに頷くのでありました。「でも、辞める時期は考えます」
「そんな弁解じみた事云っていないで、辞めたければさっさと辞めて仕舞えば良いのよ。別に止める心算なんか更々ないから」
 那間裕子女史が鼻を鳴らすのでありました。
「それなら、均目君が辞めた後は、那間さんが制作部の責任者を引き受けると云うんですか? まあ、制作部は結局那間さん一人しか残らない事になる訳だけど」
(続)
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