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あなたのとりこ 619 [あなたのとりこ 21 創作]

「まあ、どう云う風に取られようと構わないがね」
 土師尾常務は不貞腐れたように云ってそっぽを向くのでありました。これは頑治さんに自分の動揺を見透かされないようにするために、不貞腐れを装って合わせていた目を気弱に逸らした、と云う事になるでありましょう。
「今更、誤魔化しはなしですよ」
 頑治さんは目を逸らした土師尾常務を一直線に見据えているのでありました。その刺すような強い眼光を頬に感じて、土師尾常務は居心地悪そうに居住まいを無意味に正すのでありました。落ち着かない風情が頑治さんにだけではなく他の誰彼にも、土師尾常務としては慎に不本意ではあるだろうけれど、はっきりと伝わるのでありました。
「じゃあ、ここ迄で一端、全体会議を終了して良いですよね?」
 袁満さんが土師尾常務の弱気に付け込むように乱暴な口調で訊くのでありました。土師尾常務は頑治さんにはどうした訳か判らないながら畏れ入ったけれど、別に袁満さんに迄脅威を感じる必要はないと自分を励まして袁満さんの方に目を向けるのでありましたが、どうしても頑治さんの視線を頬に感じて仕舞って、それが何とも気になって気になって、袁満さんに迄も何だか遠慮がちになって仕舞うのは悔しい限りでありましょう。
「社長も、ここで会議を打ち切る事を了承されますね?」
 土師尾常務が何も云わないので、いや、云えないような風情なので、袁満さんが今度は社長を見るのでありました。
「いや、組合対経営、と云う構図ではなく、この社内の全体会議と云う形式でもっと会社の将来像やら在り方やらを私は話し合いたいと思うけど、・・・」
「もう社内の全体会議と云う体裁では、我々はこれ以上の話しは出来ませんね」
 頑治さんがきっぱり云うのでありました。
「そう云わないで、この会議を続けようじゃないか」
 社長は土師尾常務程には頑治さんの何時も見る眼容と顔付きが変化した事に気付いていないようで、と云うのか、生来の鈍感さの故か頑治さんの目付きには無頓着なようで、些かのんびりした調子でそう云いながら背凭れに身を引くのでありました。
「それは受け入れられません」
 頑治さんの云い方は鮸膠も無いのでありました。
 大概の場合なら、或いは袁満さんがそう云う云い草をしたのなら土師尾常務が横からしゃしゃり出て来て、社長に対して無礼だとか慎みがないだとか捲し立てるのが恒の光景でありましたが、この時は口を閉ざした儘で非干渉の態度を貫くのでありました。
「組合として、これ以上会議を続行する事を拒否します」
 袁満さんも断固云い放つのでありました。
「異議なし」
 空かさず頑治さんが、これも強い調子で続くのでありました。その頑治さんの言葉を追って那間裕子女史も異議なしを表明するのでありましたし、均目さんも後に続くのでありました。甲斐計子女史は慣れないせいか出遅れて口をモゴモゴするのでありました。
(続)
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