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あなたのとりこ 617 [あなたのとりこ 21 創作]

「ところで、どうして全体会議の問題じゃなくて、組合案件なんだ、唐目君?」
 社長が身を乗り出しながら訊くのでありました。社長としても他者を交えず社内の人間だけで、この制作部廃止と云う提案を話し合いたいと云う目論見でありましょう。それなのに他者の中でも最も避けたいところの全国組織の労組連合の上部の人間が絡んできて、事態が妙な具合に拗れるのは全く以ってげんなりと云うところでありましょう。
 社内の人間相手だけなら、社長と云う立場を以って無理筋でも自分の主張を押し通す自信はあるけれど、社外の、しかも労働問題の専門活動家に首を突っ込まれるとなると、なかなか思う壺とは行かなくなると云うものでありますか。それどころか、とんでもない悪徳経営者と云う事にされて、あらぬ恥辱を味わう事になるかも知れないのであります。
「それは、会社の機構改革に依って明らかに職を失う従業員が居るからですよ」
 頑治さんは眉根を寄せて不愉快そうな口調で云うのでありました。この不愉快そうな口振りてえものはつまり頑治さんの心根の内としても、これが労使問題とか労働組合案件だとはっきり云い切る確信が実はなかった故であります。何となれば社長や土師尾常務からは、制作部の廃止、と云う提案がなされただけであって、それが明快に即均目さんや那間裕子女史の会社からの追い出しと云う話しではないからであります。寧ろ均目さんも那間裕子女史も、経緯としては自分の方から会社を辞めると云い出したのでありますから。

 社長が乗り出していた身を背凭れに引くのでありました。
「確かに機構変更と云う事にはなるけど、別にそれで制作部の均目君や那間君に会社を辞めて貰いたいとこちらから云った訳じゃない。例えば均目君と那間君には、この先制作過程を熟知しているところを活かして、新たな営業社員として活躍して貰う事も出来る」
 この社長の言に頑治さんは肚の中で秘かに小さく指を鳴らすのでありました。
「今の社長のおっしゃり様は、前に聞いた事がありますねえ」
「前に、そんな事を私が云ったかね?」
「いや、社長ではなく常務と片久那制作部長でしたかね」
 頑治さんの口から不意に自分の名前が出て来たものだから、今度は土師尾常務がソファーの背凭れから身を乗り出すのでありました。
「土師尾君と片久那君に?」
 身を乗り出した土師尾常務ではなく社長が訊くのでありました。
「そうです。前に制作部に居た山尾主任を制作部から営業部に移動させようとした時に、今社長がおっしゃられた事と同じ理屈で以って説得しようとして、だったですかね。だからその時は社長ではなく常務と片久那制作部長が結託して、と云うことになりますか」
「僕は知らないよ。それは片久那君が勝手に、そんな風な事を云って山尾君を説得しようとしたんだろうさ。別に僕は片久那君とその点で結託していたんじゃ、・・・」
 土師尾常務が頑治さんの言に抗おうとするのでありましたが、どうしたものか頑治さんに一睨みされて、急に語尾を曖昧にして口を閉ざすのでありました。恐らく今迄に見た事のない頑治さんの眼光の強烈さに、おどおどと尻尾を巻いたのでありましょう。
(続)
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