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あなたのとりこ 616 [あなたのとりこ 21 創作]

「那間君の今表明した辞意も、尊重するよ」
 土師尾常務はまんまと那間裕子女史が自分の謀に嵌ってくれたと云う風の、底意地の悪そうな笑みを眼鏡の奥の瞳に湛えるのでありました。
「ええと、・・・」
 皆の耳目が突然ここで喋り出した頑治さんに集まるのでありました。「この会議はここいら辺りで、取り敢えずストップ、と云う事にしませんか」
 袁満さんが口を半開きにした儘、事の推移に呆気に取られて仕舞って何も喋りそうにないものだから、頑治さんが出し抜けに話し出したのでありました。
その頑治さんにすぐさま土師尾常務が鋭い視線を投げるのでありました。折角良い按配に議事が進行しつつあるのに、この唐突な頑治さんのお開き提案なんと云うものは、土師尾常務にとっては全く以って余計なもの以外ではないでありましょう。社長も何やら不愉快そうな表情を浮かべて、頑治さんから目を逸らすのでありました。
「袁満さん、ここで一旦会議を中断した方が良いと思いますよ」
 土師尾常務の視線の棘や社長の不快なんぞはものともせずに、頑治さんは呆けた顔の儘であるにしろ、こちらを向いた袁満さんに強請るように再度そう云うのでありました。
「ああそうだね、・・・中断した方が、良いよね」
 袁満さんはようやく正気に戻ったように同意の頷きをするのでありました。
「中断する事はない。話しは段々具体的なところに入って来たんだから」
 土師尾常務が袁満さんにも鋭い視線を投げるのでありました。
「いやもう、これは社内の全体会議の中で話し合うべきものではなく、我々にとっては明らかな労働問題として、組合案件として処理するべきところの問題ですよ」
 頑治さんは土師尾常務の視線にあたふたする気配を見せる袁満さんを励ますように、少し声を張ってそう云いながら土師尾常務を睨むのでありました。
 何方かと云うと諸事控え目で事を荒立てる事を嫌う弱気なヤツだ、と思っていた頑治さんのその意外な視線の強さに土師尾常務は一瞬たじろぎを見せるのでありました。しかしここで怖じる必要なんか何処にもないと、自分を励まして頑治さんを睨み返そうとするのでありましたが、どうしてだか調子が狂ったように何時もの気勢が出せないようで、例の如く眼鏡の奥の目玉を弱気に微揺動させるのでありました。
「どうしよう、均目君?」
 袁満さんは均目さんに縋るように言葉をかけるのでありました。こんな袁満さんを見たらすぐさまここぞとばかりに逆上して見せて、容赦ない怒鳴り声で以って袁満さんを黙らせようとするのが土師尾常務の何時もの手なのでありましたが、頑治さんに鋭く睨まれていて、その無言の威圧に自分でも判らないけれど何故か畏れ入って仕舞っているため、逆上する契機を失って袁満さんに何もアクション出来ないような具合でありますか。
「俺は別に続けても打ち切りにしてもどちらでも良いけど、まあ、組合員の皆に前以て云わないで、ここで唐突に辞意を表明した事は何となく申し訳ないとは思っているから、袁満さんがこれで会議を切上げると云うのならそれに従いますよ」
(続)
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