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あなたのとりこ 615 [あなたのとりこ 21 創作]

「それは自分勝手よ。無責任な事云わないで」
 社長でもなく土師尾常務でもなく、ここで那間裕子女史が声を上げるのでありました。皆の視線が一斉に那間裕子女史に向かうのでありました。ただ土師尾常務だけは自説の展開に水を差しかねない発言だと、警戒心を眼鏡の奥に覗かせるのでありました。だから機先を制する心算でか、均目さんよりも先に言葉を発するのでありました。
「均目君が辞めたいのなら、こちらは別に引き留めないよ」
 土師尾常務は多少慌てた風に云うのでありました。社長の方はもうその土師尾常務の発言に待ったをかけないのでありました。
「あたしは土師尾さんに云っているんじゃなくて均目君に云っているのよ。妙に調子に乗ってペラペラと、別に話しかけられてもしていないのに、嵩にかかってくるように横から割り込んでこないでよ、鬱陶しいわね」
 そう云われて土師尾常務は眉根を寄せて目を怒らすのでありましたが、だからと云って特段何も云い返そうとはしないのでありました。これはまあ、理由の半分はいつもの那間裕子女史に対する苦手意識が作用したからでありましょう。
 しかしそればかりではないような按配であります。つまり不謹慎にも自分を鬱陶しがるような口調の那間裕子女史に憤怒した事実もありはするけれど、妙に調子に乗ってペラペラと話しかけられてもいないのに横から嵩にかかって割り込んでくるな、と云う那間裕子女史のピシャリとした云い草に、自分の魂胆の内の真ん中辺りをズバリ云い当てられて仕舞ったような動揺を、秘かに感じたが故かも知れないと頑治さんは思うのでありました。で、単なる苦手意識だけではなくて思わず言葉に詰まったと云う次第でありますか。
「無責任と云われればそうかも知れないけど、今の常務の云い草を聞いていると、俺は会社に必要とされていないようだし、こちらとしても、そんな会社に居続ける理由もないし義理もない。そうなると或る意味で、俺が会社を辞めるのは円満な解決と云えなくもないんじゃないかな。まあ、そう云う事でしょう、ねえ土師尾常務?」
「確かに考え様に依ってはそうとも云える」
「何を二人で得心したように尤もらしく頷き合っているのよ、癪にさわるわね!」
 那間裕子女史は激したように前のテーブルを平手で叩くのでありました。「均目君も出し抜けに辞意表明するんじゃなくて、前以てあたしに云って置いてよ。会議中にいきなりそんな事云い出すのはあたしに対する配慮とか遠慮とかが足りないんじゃないの!」
「ああ、その点は申し訳ないところもあったけど、でも俺の進退は俺が決める事で、予め那間さんに話そうが話すまいが、俺の辞意自体を変更する心算は更々ないけどね」
 こう云う遣り取りを聞いていると、矢張り那間裕子女史と均目さんの仲はあの日以来、ギクシャクとした儘のようでありますか。
「それなら、あたしも辞めるわ、こんな会社」
 那間裕子女史もここで辞意表明であります。「制作部を取り潰して他社商品だけでこの先会社を遣って行く気でいるようだし、そうなるとあたしも必要としない訳よね」
 那間裕子女史はそう吐き捨てて土師尾常務を睨むのでありました。
(続)
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