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あなたのとりこ 611 [あなたのとりこ 21 創作]

「急にそんな事を云われたらあたしも困るわ」
 那間裕子女史が狼狽した風の云い草をするのでありました。「片久那さんは均目君を後継として会社を辞めたんだから、その半年も経たない内に今度は均目君が辞める事になったら、この先制作部はちゃんと遣っていけなくなるじゃないの」
「そんな事はないよ。第一那間さんは俺より先輩格なんだから、制作部の仕事内容に関しては俺なんかより余程理解しているじゃないか」
「そんな事ないわよ」
 何時もは至って気丈な那間裕子女史が弱々しく云うのでありました。
「いや、俺が居なくても那間さんが居れば間違いなく大丈夫だよ。制作部関連の請求書の整理とか支払いに関する経理作業とかはそんなに煩雑な仕事と云う訳ではないし、慣れれば那間さんなら今迄の仕事を熟した上で充分やれる作業だよ、俺でも片久那制作部長が居なくなってからそれなりにちゃんと出来ていたたくらいなんだから」
「そうじゃなくて、あたしは制作部本来の、地図とか本の編集や管理仕事以外の雑用は、さっぱりする気なんかないと云っているのよ」
「でも、本当にそれ程煩雑な雑用はないよ、実際に」
「そうでもないんじゃないの、実際は」
 何だかここに至って均目さんと那間裕子女史の間の問題になって来た按配であります。この二人の遣り取りを聞きながら社長も土師尾常務も、それに他の従業員も呆気にとられたように口を閉ざして、事の様相と成り行きを見守るしかない在り様でありますか。
 それに気付いたように均目さんが周りをゆっくり見渡すのでありました。それから土師尾常務の顔に目を据えるのでありました。
「俺としては那間さんが一通り管理仕事が熟せるようになる迄は会社に居る心算だし、別に貴方みたいな無責任から会社をすぐにでも辞めると云っている訳じゃない。引継ぎはちゃんとしてから辞める心算ですよ。それに貴方は片久那制作部長の遣っていた仕事なんか自分の器量なら簡単に熟せると、社長に日頃から嘯いているんでしょうから、俺が居なくなっても、那間さんが遣れるようになる迄貴方が代わりに遣っても構わないのだし」
 均目さんは片頬に冷笑を湛えて云うのでありました。この均目さんの言を聞いて、社長は隣に座る土師尾常務の方にゆっくりと顔を向けるのでありました。
 頑治さんはこの様子を見ながら、成程紛う事なき事実として、土師尾常務は常日頃から均目さんが今、嘯いている、と云ったような大口を社長に向かってちゃっかり、さも自分が頼りになる存在であるかのように装うために叩いているのでありましょう。まあ、本当に片久那制作部長の遣っていた仕事が出来るかどうかは疑わしいところではありますし、頼りになると社長に本当に思われているかどうかも実は大いに疑問でありますけれど。
「確かに、そうなったら土師尾君に一肌脱いで貰う事も出来るか」
 社長は土師尾常務に確認するかのようにそう云って何度か頷くのでありました。
「いや、僕は今の営業の仕事と会社全体の運営を見る事で手一杯ですよ」
 土師尾常務は慌てて云ってあたふたと何度も首を横に振るのでありました。
(続)
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