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あなたのとりこ 610 [あなたのとりこ 21 創作]

「いけしゃあしゃあと良く云えるわね、そんな事が」
 那間裕子女史が土師尾常務を睨み付けるのでありました。
「つまり社長はここに居る従業員全員の賃金やら処遇を犠牲にして、常務の待遇をその儘維持したいと云うお考えだと受け取って構わないのですね?」
 均目さんは念を押すように社長に言葉をぶつけるのでありました。
「出来る事ならそんな風にはしたくはないんだよ、私は」
 社長は弱々し気に曖昧な云い草で逃げようとするのでありました。
「でも、屹度そんな風にする心算なんでしょう?」
「まあ、土師尾君の処遇を変える心算は、ないかな」
「はい、その言葉で結構です」
 均目さんはそこで口調を変えてきっぱり云うのでありました。「あくまでも社長がそう云うお気持ちなら、自分は会社を辞めさせていただきます」
 均目さんの唐突な辞意表明にこの場に居る全員が呆気に取られるのでありました。那間裕子女史迄もが目を見開いて言葉を失くしているような風であるのは、頑治さんにしたらちょっと意外の感があるのでありました。それはこの二人は何か打ち合わせのような事をした上で、この会議に臨んでいるのではないかと秘かに考えていたからであります。
 先に那間裕子女史が頑治さんのアパートに夜中に突然泥酔して現れて、それを均目さんに迎えに来て貰ったのでありましたが、その後二人にどう云う経緯があったかは知れないながら、何となくよりを戻していて、二人結託してこの会議を土師尾常務糾弾会みたいなものにしようと企んだのではないかと頑治さんは睨んでいたのでありました。今迄の会議の流れからも、この二人の結託は得心のいく推量だと思われたのでありました。
 しかしここで均目さんの辞意表明に、那間裕子女史が寝耳に水と云った顔をして驚いているところを見ると、頑治さんの秘かな推量は外れていたと云う事でありますか。まあ、土師尾常務追及は二人で示し合わせていたとしても、均目さんの辞意表明に関しては、二人の間で予め話し合われていたところではなかったと云う事なのかも知れませんが。
「ちょっと待ってくれないか」
 ここで社長があたふたしながら口を開くのでありました。「均目君は片久那君が居なくなった後の制作部の実質的責任者と云うところなんだから、均目君に辞められるとなったら、それは業務の上で会社として大いに困る事になる」
「しかし那間さんもいる事だし、そこは屹度大丈夫でしょう」
 均目さんは無表情且つ無抑揚に云うのでありました。
「そんな云い草は如何にも無責任じゃないのか」
 土師尾常務がそんな均目さんを睨むのでありました。
「貴方にそう云われる謂れはありませんよ」
 均目さんは土師尾常務を睨み返すのでありました。常務と云う呼称から、貴方、と云う云い方に変えたのは、明らかに上役に対する敬意をここに於いて放棄する、と云う表明でありましょう。つまりこれ以後上役とは思わないと云う事であります。
(続)
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