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あなたのとりこ 609 [あなたのとりこ 21 創作]

「議論、と呼べるようなものなら、そうかも知れませんが」
 頑治さんはそう云って不同意であるところを尖らせた唇で表わすのでありました。
「私も唐目君の意見に賛成です」
 日比課長が云うのでありました。先程土師尾常務に無理矢理意見開帳を迫られて、それを機に少し舌の動きが活性したのでありましょうか。
「この儘誹謗中傷合戦をしていても、得るところは何も無さそうだしねえ」
 しみじみ云う社長の額には疲労の色が浮いているのでありました。
「いや、もうこの会議で何らかの決着を付けて仕舞わないと、こうして集まった意味が無いじゃないですか。あれこれ云い合いしている中で、ようやく社長には我々が常務をどういう風に見ているのか、少しは判っていただけたようですし、その上で社長から常務の待遇をどうするのか、或る程度はっきりした回答を得なくては引くに引けませんからね」
 あくまで均目さんは議論の継続を主張するのでありました。
「そうよ、社長の土師尾さんに対する考えがちゃんと聞けないなら、あたし達のこれから先の態度も決められないわ」
 那間裕子女史もあくまでも議論継続派であります。
「うーん、困ったなあ」
 社長は腕組みして瞑目するのでありました。

 暫くして俄かに均目さんが喋り出すのでありました。社長はその声に促されるように閉じていた目を開くのでありました。
「社長は常務の待遇は絶対落としたくないのですね?」
 この問いに社長は深刻そうな顔で頷くのでありました。
「まあ、これ迄会社を引っ張ってきて貰った功績は、評価しなければならないからね」
「これ迄片久那さんにおんぶに抱っこで何一つ自分で決められなかったんだし、その所為で従業員からとことん見縊られているし、反感ばかり買っているんだから評価に値しない人だ、と云うあたし達の意見には耳を貸そうとしないんですね、社長は」
 那間裕子女史は皮肉な笑いを社長に向けるのでありました。
「まあ、君達の間での土師尾君のむやみに悪い評判は傾聴しておきますよ、一応」
「常務の評価は、一先ず置くとして」
 均目さんが那間裕子女史の顔を鬱陶しそうに見ながら先を続けるのでありました。「社長が常務の待遇はその儘にしたい以上、要はその分我々の待遇を改悪したいし、そうでなければ誰かを辞めさせたい、まあ、その両方を目論んでいるのかも知れませんが、兎も角、そう云う風に考えていると云う事で、整理させて貰って構わないですね?」
 そう訊かれて社長は無言で下唇を突きだして見せるのでありました。明快に諾とは云い辛いところなので、そう云うあやふやな所作をしたのでありましょう。
「社長は情義の方だから、はっきりはおっしゃり辛いだろうから僕が代わって云うが、本心に於いては間違いなく均目君の今云った通りのお考えだよ」
(続)
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