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あなたのとりこ 594 [あなたのとりこ 20 創作]

「ああ、成程ね」
 社長はソファーの背凭れに沈めた体をその儘に、先程の土師尾常務と同質の薄ら笑いを浮かべて、何事か納得するように首を縦に数度動かすのでありました。「まあ今の、日本全国のローカル駅案内、みたいな陳腐な企画なら僕も没にするだろうね」
 社長にそう云われて均目さんは少しムッとした顔をして見せるのでありましたが、特に何も云い返すような仕草はしないのでありました。それは要するに、自分でもその企画のつまらなさを重々判っているからでありましょうか。
 土師尾常務にやいのやいのと催促されてものぐさと苦し紛れから、均目さんはそんなやっつけ仕事的な陳腐極まりない企画をうっかり提案したのかも知れないと頑治さんは考えるのでありました。本人も屹度提案したその場で自分の怠惰を悔いたに違いないでありましょう。結局社長にも今、その辺りを図星されたと云う次第でありますか。
「矢張り均目君は、クリエーターとしては片久那君に到底及ばないと云うところかな」
 土師尾常務がそう云って侮るように口の端を笑いに歪めるのでありました。
「ま、常務が指導力とか部下を心服させる上司としての器量とかに於いて、片久那制作部長の足下にも及ばないのと似たり寄ったりで、自分でも慎に面目無い次第ですかね」
 均目さんも大いに負けていないところを見せるべく、こちらも口の端に薄ら笑いを浮かべて土師尾常務に尚更無礼を働いて見せるのでありました。
「何だその云い草は!」
 土師尾常務が均目さんの思惑通りすぐに頭から湯気を出すのでありました。
「そう云う科白にしても、片久那制作部長に比べると全く迫力に欠けますよね」
 均目さんは怯まないところを見せるべく、冷静な口調で返すのでありました。
「まあまあ、二人共」
 社長が掌を下にしてそれを腕ごと何度か縦に振って宥めに掛かるのでありました。
「ああ、また話しを脱線させるように仕向けて仕舞って、社長には申し訳ありません」
 均目さんが今度は社長に向かって何とも生真面目な形相をしながら、頭を過剰なくらい低く下げて謝って見せるのでありました。それに対して社長はさも不快そうに眉根を寄せて、頷かないで均目さんに寧ろ鋭角な視線を投げるのでありました。
「まあ、均目君も制作部の責任者になって未だ間がないから、いきなり片久那君と同じレベルの仕事は無理と云うものだろう」
 社長はその口振りから判断するとしたら、仲裁なのか均目さんへの労わりなのか、それとも侮りなのか良く判らないような事を口にして薄く笑って見せるのでありました。
「しかし片久那君の場合は僕と一緒にこの会社を率いるようになった時にはもう、一端の仕事はしていた筈だし、均目君はその頃の片久那君と同じくらいのキャリアになっている筈だ。それなのに片久那君に遠く及ばないと云うのは、偏に均目君の怠慢か無能のなせるところと云う事になるんじゃないのか。その辺は均目君自身はどう考えているんだ?」
 土師尾常務は社長の、ひょっとしたら仲裁なの労わりなのかを全く無視するように、あくまで均目さんを追い詰めてやろうと云う心算のようでありました。
(続)
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