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あなたのとりこ 582 [あなたのとりこ 20 創作]

「そう云う風に云われると、もう後は黙るしかないけどね」
 均目さんは不機嫌に云い棄てて頑治さんから目を逸らして、自分の口元を盾で隠すようにコーヒーカップを唇の前に翳すのでありました。
「片久那制作部長からそろそろ来い、と云う話しは未だないのかな?」
 頑治さんは話頭を変えるのでありました。
「そんな事は余計なお世話だけど、まあ、未だないよ」
 確かにその通りで、均目さんは先程頑治さんに云われた、余計なお世話、と云う語に対してここで意趣返しするのでありました。
「ところでさっき、十時頃那間さんは均目君の家に来て、十一時半頃出て行ったと云っていたし、その時にはかなり怒って出ていたとも云っていたけど、それはどういう経緯で、それに何に対して怒って均目君の家を出て行ったんだろう?」
「来て早々に那間さんが俺を、何だかここのところ、組合員である筈の俺がまるで経営側に阿るように変節していると詰り出して、そんな事があるとかないとか暫くあれこれ云い争っていて、で、まあ何となくの話しの流れから、片久那制作部長に将来片久那制作部長が興す筈の会社に来るように俺が誘われている、と云う話しをポロっとしたんだよ」
「その話しを聞いて、那間さんが逆上したって事かな?」
「まあ、そんなところだな」
 均目さんはコーヒーを一口啜るのでありました。「成程それで俺の態度がこのところおかしいのが良く判った、なんてさも軽蔑するように云って、俺が愛想に出した缶ビールを無愛想にグッと空けて、それで引き留めるのも構わずにプイと出て行ったんだ。まあ、もう既に電車の終わっている時間でもなかったし、俺も何だかムシャクシャして仕舞って、別に引き留めもしなかったよ。まあ、ちゃんと自分のアパートに帰ると思ったんで」
「那間さんにしたら、突然均目君が裏切り者の正体を現した、と云ったところかな」
「まあ、そんなところなんだろうな、屹度」
 均目さんは特にその点に関して弁解しないのでありました。
「那間さんがそうやってプイと出て行くのを、ムシャクシャして仕舞ったからと云う理由だけで、全く引き留めなかったと云う事になるのかな?」
「まあその内、那間さんが落ち着いた頃を見計らって、その辺の経緯とか俺の気持ちとかを縷々説明すれば、那間さんも判ってくれるだろうと思ったんだよ」
「で、出て行くのに任せたと云う事ね」
「逆上している時に俺が何か云ったところで、返って逆効果になるしね。で、俺としては那間さんはその儘自分のアパートに帰るんだと思っていたんだよ」
「ところが然にあらずで、突然俺から電話が入った、と云う経緯か」
「そう云う事、だね」
 均目さんは寝ている那間裕子女史を見下ろしながら頷くのでありました。
「まあしかし、こうしてちゃんと那間さんを迎えに来たのは、殊勝ではあるか」
 頑治さんは少し語調を緩めるのでありました。
(続)
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