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あなたのとりこ 576 [あなたのとりこ 20 創作]

 扉の前に人が倒れているのでありました。頑治さんが推し量ったように、寄りかかっていた扉が押し開かれたのでそれに押されて倒れたのでありましょう。そうやって倒れたのであるし、倒れた儘特段身じろぎもしないで横たわっている様子から、これは気を失っているのか、或いは酩酊して前後不覚に陥っているのでありましょう。
 頑治さんは隙間から身を外に出すのでありました。それからしゃがんでその倒れている人物の顔を覗き見るのでありました。間違いなく、那間裕子女史でありました。
「那間さんじゃないですか。しっかりしてくださいよ」
 身動き一つしない女史に頑治さんは声を掛けるのでありました。しかし何の反応も無いのでありました。昏々と眠っているようであります。
 この儘にしておく訳にはいかないので、頑治さんは女史を何とか抱え起こすのでありました。全身脱力して頑治さんにグニャリと寄りかかって来る那間裕子女史はやけに重いのでありました。まあ、重いと云うよりは扱いづらいと云うべきかも知れませんが。
 どうにかこうにか部屋の中に運んで本棚に寄りかからせて座らせるのでありましたが、酩酊のせいで座位を保っている事が出来ずに、那間裕子女史はうっかり支えの手を離したりすると、すぐに横様に倒れようとするのでありました。よくもまあ、こんな様子でいながら頑治さんのアパート迄辿り着けたものであります。
 それに第一、那間裕子女史は頑治さんのアパートにこれ迄一度も来た事はなかったし、その在り処も詳しくは知らない筈であります。まあ、ぼんやり本郷に在ると云う事は知っていたとしても、詳しい地番やらアパートの名前なんかは、頑治さんは正確に伝えた覚えは無かったと思うのでありました。頑治さんが歩いて会社に通勤しているという事は知っていたし、順天堂大学病院の近くであるとか本郷給水所の近所だと云うのは、まあ、喋った事があるかも知れませんから、それを頼りに何とか探し当てたのでありましょうか。
 しかしそうやって訪ね歩くにはちょいとばかり酒が過ぎてはいないでありましょうか。こんな状態でフラフラと初めての訪問先を歩き探すと云うのは、これは如何にも無謀と云うものであります。まあ、酔った勢いがあるから無謀にもなれたとも云えますが。
 それにまた、那間裕子女史と別れたのは新宿であります。新宿で別れた後で那間裕子女史が態々その新宿からお茶の水とか神保町とかにまた遣って来て、そこで一人で飲酒していたと云うのは、ま、普通なら有り得ないような気もするのであります。それなら新宿に在る別の見知っている酒場とかバーとか、或いは女史のアパートの在る荻窪近辺の酒場と云うのが、妥当と云えば極めて妥当な場所と云えるでありましょうか。
 まあこの辺の事情なんぞは那間裕子女史本人に訊いてみないと良くは判らないのであります。しかしこうして前後不覚に酔い潰れて、自分で座っている事も出来ないような状態であるとなれば、訊いても全く以って詮無い事と云うべきでありましょう。
 でありますから当面、ずっと体を支えて座らせているのも頑治さんの腕が持たないと云うものでありますので、取り敢えず手を離してごろんと転がして、風邪を引かせては拙いので毛布でも掛けてやる事にするのでありました。しかしその儘頑治さんのアパートに朝迄寝かせておくのは、何やら少々具合の悪い事のようにも思われるのでありました。
(続)
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