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あなたのとりこ 575 [あなたのとりこ 20 創作]

 それにそれとはちょいと違う事ながら、那間裕子女史が先ず袁満さんに会社を辞めるぞと電話をしたと云う事に、頑治さんは少し落ち着きの悪さを覚えるのでありました。組合の委員長としてその立場を尊重したからと考えれば考えられるでありましょうけれど、しかしこれ迄の付き合いとか親密さの度合いとか狎れとかを考慮すると、先ずは袁満さんではなく均目さんか自分に電話をかけて来ても良さそうなものであります。
 まあ、均目さんとはここのところ何となくしっくりいっていないような雰囲気でありましたから、それなら袁満さんよりは頑治さんの方に先に電話を寄越すのが順当のような気もするのであります。別に嫉妬とか隅に置かれているような不快感みたいなものからそう思う訳ではなく、順番の妥当性と云う点で落ち着きの悪さを感じて仕舞って、それは何やら那間裕子女史の一種の屈託がそこに挟んであるように思えるのであります。その屈託てえものが一体何であるのか、頑治さんには容易には目星が付けられないのであります。まあ、那間裕子女史には那間裕子女史なりの考えがあっての事ではありましょうけれど。
 頑治さんは電話機を何気なく見るのでありました。那間裕子女史の夜も遅いからと云う配慮の故か、それとも袁満さんに電話した後に遂に酔い潰れて寝て仕舞ったためか、何の音も気配も発することなく頑治さんの家の電話機は静まり返っているのでありました。まあ、結局は明日になれば色々と事情ははっきりするでありましょう。
 それならばもう寝るかと、頑治さんは布団を敷き延べるために立つのでありました。するとそこで不意に玄関のチャイムが鳴るのでありました。
 はて、こんな時間に訪う非常識者の心当たりはないのだがと訝るのでありましたが、しかしすぐに勘が働いて、那間裕子女史の顔が思い浮かぶのでありました。今の今迄袁満さんと電話でその人の事を話していたのでありましたが、まさかその当人がこんな時間に態々訪ねて来ると云うのは、それなりの妥当性はあるでありましょうか。いやまあ、那間裕子女史の事だから、まあ、妥当性なるものはあるかも知れないと云えはしますか。
 玄関の扉の覗き穴から外を窺うと、誰の姿も見えないのでありました。しかし頑治さんの幻聴と云うには余りにはっきりと、チャイムの音は部屋に鳴り響いたのであります。と云う事は、ひょっとしたら誰かの悪戯なのでありましょうか。
 それでも耳を澄ますと、何やら扉の下の方で何かをそこに擦りつけるような微かな音が聞こえて来るのでありました。この不気味な音は一体何でありましょうか。
 頑治さんは恐る々々玄関の扉を外に開こうとするのでありましたが、扉は微かに動きはするけれど、外から抑えられているようにそれ以上開こうとはしないのでありました。こんな夜中に誰が、全くどういう思惑を以ってこんな戯れをしているのでありましょう。
 頑治さんは重みに抗して強引に扉を押し開こうとするのでありました。すると僅かに空いた隙間の下方に、何か棒状のものが倒れるようににゅっと横に投げ出されるのが見えるのでありまあした。これは要するに扉に脱力して依りかかって座っていた誰かが、扉が押し開かれる力の影響に依って横様に頽れたという現象でありますか。
 ようやく顔が出せる程の隙間が空くのでありました。頑治さんは外に頭を突き出して、この状況を正確に把握しようとするのでありました。
(続)
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