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あなたのとりこ 572 [あなたのとりこ 20 創作]

「なかなかの姉御肌のところもあったしなあ」
 袁満さんはそう云ってから黙るのでありました。
「しかし、土師尾常務が袁満さんに那間さんの批判を聞かせたと云うだけで、それが那間さんを辞めさせる布石なのかどうかは、未だあくまで俺達の推量と云うだけなんですけどねえ。まあ、その可能性はかなり高いと云う感じは、至って濃厚にしますけど。でもひょっとしたら土師尾常務は日頃から那間さんに好い印象を抱いていないところにきて、何やら那間さんのちょっとした言動がふと面白くなくて、しかし苦手意識から本人に直接云い辛いものだから、それでその代わりに、袁満さんに吐き出したのかも知れませんし」
 袁満さんの話しが途切れたから、この間の場繋ぎをしなくてはならないと云う義務感に駆られて、頑治さんはぼちぼちとそう喋るのでありました。
「いやあ、土師尾常務は何か秘かに含むところがあって、その段取りとして、俺に那間さんの悪口を態々聞かせたんだと考える方が正解かなあ」
 袁満さんは頑治さんの場繋ぎの言葉には然程の賛意を示さないのでありました。まあ頑治さんとしては、それはそれで全く構わないのでありました。どだい頑治さん自身も実のところそんな風には考えてなんかいないのでありましたし。それに元々、土師尾常務が那間さん批判を袁満さんに聞かせたのは、那間さんを辞めさせるための布石だと云うこの推量てえものは、頑治さんが袁満さんに倉庫で話したところの可能性でありましたし。
「ここで那間さんに辞められると、組合としても困りますよねえ」
 頑治さんは話しの舳先を少し曲げるのでありました。
「そりゃそうだよ。組合員がたったの三人になって仕舞う」
 袁満さんがそう云うのを聞きながら、別に三人でも二人でも、それはそれで問題と云う事ではないのではないかと頑治さんは考えるのでありました。一人と云うのは通常あり得ないでありましょうけれど、しかし上部組織に加入していたら一人と云うのも、やりにくくはあるけれど、まあ、それはあるかも知れません。ここではしかし、話しが横道に逸れるから、頑治さんはその意見開示は差し控えるのでありました。
「那間さんはあの後誰かに相談して、会社を辞める結論を出したんですかね?」
「さあ、それはどうだろう」
 袁満さんの首を傾げる気配が頑治さんに伝わるのでありました。「新宿駅で別れた後、誰かに逢ったかどうかは俺には全く判らないし」
「それはそうですかね」
 頑治さんはひょっとしたら前に上司であった片久那制作部長に、まあ、あの時間に呼び出すと云うのはどうかとしても、電話ででも相談したのかしらとふと考えたのでありました。しかし那間裕子女史は片久那制作部長を、会社の中では大いに頼りにはしてはいたけれど、仕事を離れたところで一緒に飲んだり、遠慮も忌憚も無く何時でも電話を掛けたりする程の仲でもなかったように思うのでありました。那間裕子女史と片久那制作部長がそんな昵懇の間柄であるとの話しも、女子からも片久那制作部長からも聞いた事も仄めかされた事もなかったのでありますし、噂としても耳にした事はなかったのでありました。
(続)
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