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あなたのとりこ 565 [あなたのとりこ 19 創作]

「ああ、言葉遣い、ですか」
 確かに那間裕子女史は目上とか目下とかの順には殆ど無頓着で、土師尾常務に対する言葉遣いは対等な者同士のような風でありましたか。まあ、社長に対しては、多少は敬語を使うところもありましたが。それに徹頭徹尾拘らないと云う訳ではなく、例えば偶々応対しなければならなくなった不意の来客とか、誰彼を問わず仕事上の初対面の人とか、問い合わせする交通機関とか役所とかの電話の相手に対しては、それは丁寧でありました。
 まあ、それだからこそ土師尾常務としては自分に対する言葉遣いのぞんざいさに、軽んじられているような不愉快を感じて仕舞うのでありましょう。那間裕子女史の方としては殊更土師尾常務を侮っていると云う心算はないようで、その証拠に前に会社に居た片久那制作部長に対してもため口でありましたし。云って見れば一種の昵懇さの表明としての敬語の省略であろうと、取ろうと思えば取れない事もないでありましょうかな。
「要するに自分に対して敬語を使わないのが、土師尾常務は気に入らないんだろうな。確かに那間さんの口の利き方は、お世辞にも丁寧とは云い難いしね」
 こう云うところを見ると袁満さんとしても、もの怖じもしないで上司に対してですます調を全く使わない那間裕子女史に、日頃からちょっとばかり違和感を抱いていたのでありましょう。しかし袁満さんは面と向かっては然程でもないながら、陰で屡土師尾常務の事を糞味噌に貶すのでありますから、那間裕子女史と袁満さんとではどちらが不謹慎の度合いが大きいのか、そこは俄に軍配を上げられないところでありますか。まあ、那間裕子女史のこの生意気さなんぞは、流儀として、袁満さんには無いと云う事でありますか。
「しかし自分以外の人間をまるで人扱いしない土師尾常務の卑劣さと、単に土師尾常務に対する時には敬語を使わないと云う那間さんの不埒さとでは、土師尾常務の方が遥かに性質が悪いし、非難されて当然のもののように思いますがねえ」
「確かに那間さんに敢えて敬語を遣いたくないようにさせて仕舞う、土師尾常務の在り方そのものに先ず何か問題があるとも云えるかも知れないかな」
 袁満さんは取り敢えず一つ頷いて見せるのでありました。「でも那間さんの言葉遣いの方にも、土師尾常務に態々付け入る隙を与えているようなところもあるし」
「で、那間さんは遅刻と言葉遣いの他にどんな不興を買っているのですか?」
 頑治さんは話しを先に進めようとするのでありました。
「他には、片久那制作部長に対してはそうでもなかったくせに、自分に対する時には一々口応えするとか、反抗的な態度を取るとか、社長に対しても全く敬意の欠片も見られないだとか、生意気だとか、小憎らしいとか、まあそんな感じで色々ね」
「それは土師尾常務の目にはそう見えると云う恣意的な印象であって、那間さんへの客観的評価としては取るに足りないものではないですかね」
「俺もそう思うけど、まあ、土師尾常務は道理の通じない頓珍漢なヤツだからねえ」
 袁満さんは眉根に皺を作るのでありました。
「で、そう云う事を並べ立てて、要するに那間さんをどうしたい訳ですかね?」
 頑治さんは尚も話しの先を促すのでありました。
(続)
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