SSブログ

あなたのとりこ 561 [あなたのとりこ 19 創作]

「そうね。リアルな問題として失業と云うのは想定しておいた方が良いかもね」
 そう云う那間裕子女史にしても失業を、云う程リアルな可能性として捉えているような口振りではないと、頑治さんは聞きながら思うのでありました。
 まあ二人とも若気の至りで、それ程自分の将来像を深刻且つ悲観的に、どんよりと暗いものとして想定してはいないようであります。特に頑治さんは生来がのほほんとした気質であり、万事に適当で好い加減だと云う自覚もある事からか、失業を然して深刻には捉えられないのでありました。ま、失業しても、気持ちをすぐに切り替えて次の仕事探しをすればいいだけの事でありますし、今迄もそんな感じでやってきたのでありましたから。
「まあ、全体会議は社長に会社解散と脅されて従業員全員大いにビビッて大慌てして、結局それだけで終わったって感じね」
 那間裕子女史が全体会議の方に話しを向けるのでありました。
「ま、大凡としてはそんな感じでしたかね」
「で、次の、何日か後の全体会議は社長から会社が危急存亡の危機にある証拠の数字が出て来て、また従業員一同で震えあがって意気消沈すると云う図式ね」
「どうなるかは今のところはっきりとは判りませんが、まあ、結局あんまり建設的な話し合いになる公算は限りなく小さいでしょうかねえ」
「あたし、また次の会議もサボろうかしら」
 那間裕子女史はそう云ってニヤリと笑うのでありました。
「いやいや、是非出席して社長と土師尾常務につんけん意見を述べてくださいよ」
「それが有意義なら述べもするけど、結局あの二人には無駄でしょうしねえ」
 那間裕子女史は二杯目のモスコミールをグイと空けるのでありました。

 次の全体会議は次の週の月曜日に設定されているのでありました。そこで社長から会社が存亡の危機にある左証としての数字が示されると云う事でありました。その数字と云うのは要するに対前年比の売り上げとか、新賃金体系になった後の人件費の総計とかでありましょう。その他のあんまり従業員には見せたくない数字、例えば自身や土師尾常務の報酬とか余禄とか、或いはひょっとしたら社長が秘かに売上金からピンハネしている分とかの、怪し気で疚しいであろう数字は、勿論綺麗さっぱり省かれたものでありますか。
 その数字に付随して土師尾常務からは、これも例に依って耳にタコの、怪し気で誇張に満ちた悲観論とか愚痴とか誰彼への誹謗中傷なんかが縷々、陰々滅々と述べられるのでありましょう。頑治さんは考えただけでもうんざりでありました。
 さてところでこの週の金曜日に袁満さんが土師尾常務に呼び出されて、二人は何やらの話しをするために連れ立って会社の外に出て行くのでありました。恐らく前に頑治さんが連れていかれたあの喫茶店で、全体会議を月曜日に控えて、袁満さんはまたつまらない牽制か良からぬ工作を土師尾常務から仕掛けられるのであろうと頑治さんは推察するのでありました。ひょっとしたら性懲りもなく今度は袁満さんに退職の勧告するのかも知れませんが、当然それは頑治さんの時に倣って袁満さんは屹度撥ね退けるでありましょう。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。