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あなたのとりこ 550 [あなたのとりこ 19 創作]

 まあ、また次の仕事を探さなければならないと云うのは厄介ではありますが、しかし次の仕事がなかなか見つからないかも知れない事に不安は然程無いのでありました。これ迄だって結局何とかなって来たのでありますし、いざとなったら新宿辺りの職安の前で立ちん坊でも何でもすれば、その日暮らしながらも飯にはありつけるでありましょう。
 ただ、夕美さんをまたもや失望させて仕舞うかも知れないと考えると、そこは些か気が引けるところではありますか。頑治さんのたつきの道がちゃんとしていないと、二人の将来像なんと云うものもちゃんとは描けないと云うものでありましょうし。
 さて、全体会議は一週間後に、社長も出席して終業時間の一時間前から社内の応接スペースで開かれるのでありました。終業時間の一時間前と云うのは土師尾常務から云い渡された事で、つまり社長と土師尾常務は一時間程度で全体会議を終わらせる心算なのであろうと推察されるのでありました。役員であるから残業手当が付かない土師尾常務が、終業時間後に居残って迄得の無い会議を長引かせる気なんぞは先ずないでありましょう。
 その日の朝、那間裕子女史から会社を休むと云う電話が入るのでありました。朝寝坊とか病気とかの欠勤理由ではなく全体会議をボイコットするためだと、偶々電話を取った袁満さんにはっきり宣したようでありました。
 勿論、団体交渉ではなく全体会議と云う形になったのでありましたから、これは団結破りとかの組合への裏切り行為とは認定出来ないのでありました。まあ、会社従業員としての、至ってけしからぬ行為には屹度なるでありましょうけれど。
 気が優しくて、大切な仲間であると見做している那間裕子女史の不届きを、態々全く以って仲間ならぬ土師尾常務に論う行為を袁満さんとしては潔しとしないのでありました。依って、止むを得ない病気扱いと云う事で土師尾常務に報告するのでありました。
 選りに選って大切な全体会議の日に欠勤するとはどう云う心算なのだと、ただ報告をしただけの袁満さんに一くさり土師尾常務は云い掛かりを付けるのでありました。袁満さんは体がつらくてこれから多分病院に行くのであろうし、そんな那間裕子女史に無理を強いて敢えて出社を強要する訳にはいかないだろうと、嘘と云うのか、余計なお世話的辻褄合わせと云うのか、そんな事迄云って那間裕子女史を弁護するのでありました。
 袁満さんはこの那間裕子女史からの電話と、その後の、ただ自分は欠勤すると言付かった事を報告しただけにも拘らず、土師尾常務に悪態を吐かれた一連のこの件を、仕事に託けて倉庫に下りて来て頑治さんに向かって縷々愚痴るのでありました。
「ふざけんじゃないよ」
 袁満さんは舌打ちして不快感を示すのでありました。「何で俺が文句を云われなきゃならないんだよ。それに那間さんにしても、何で今日会社を休むんだよ、全く」
「土師尾常務は例に依って陰険で歪んだあの性根からここぞとばかり、ガタガタ云って袁満さんをへこませる好機到来だと見当外れに勘違いして、調子に乗ったんでしょう」
「俺としても謂れの無い文句にはちゃんと抗議したいところだけど、那間さんが病欠だと嘘を云った手前、ちょっと後ろめたいところもあったからなあ」
 袁満さんは悔しそうにまた舌打ちするのでありました。
(続)
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