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あなたのとりこ 548 [あなたのとりこ 19 創作]

「宿題、なんと云うのは高校を卒業して以来、全く縁遠くなった言葉ですね。まあ、高校生の時だって、部活の疲労にかこつけて適当に片付けていましたけど」
「そうね、宿題があると気が滅入るのは小中学生や高校生の時と同じね」
 那間裕子女史は頷くのでありました。「で、そう云う訳だから後一二杯飲んだらお開きにする心算だから、唐目君もそんなに気を揉まないで安心して大丈夫よ」
「ああそうですか」
 頑治さんは内心の気色を隠して極力無抑揚に云うのでありました。「じゃあ、均目さんを呼び出すと云うのは、もう無しで良いんですよね?」
「元々あたしは、均目君を呼び出して会社の将来像とか組合員との関係を訊き質したいと云うのは、是非ともそうしたいと云う事じゃなかったんだから。寧ろへべれけとか何とか云って唐目君の方が、均目君を呼び出すのに乗り気になったのよ。多分酔い潰れたあたしの介抱を均目君に押し付けようと云う肚からなんだろうけど」
 那間裕子女史は頑治さんの心の内なんかすっかりお見通しだと云う笑いを浮かべて、やや目を細めて頑治さんの様子を窺っているのでありました。
「いやまあ、そんな心算で均目君を呼び出そうとしたんでは、別にないんですけどね」
 頑治さんは少し小声で抗弁して見せるのでありました。「今迄は何時も三人で飲んでいたから、その方が那間さんも楽しいだろうと思っての事ですよ」
 頑治さんはさも、終電後に泥酔した那間裕子女史を介抱しつつタクシーでアパートに送り届ける仕事がほぼなくなった事を、案外と残念に思わないでもないようなちょっと有耶無耶な口振りで申し開きするのでありました。しかしこれはあくまでも那間裕子女史への一種の愛想とヨイショなのであって、実のところは残念に思うどころか、女史のお見通し通りホッとしていると云うのが偽りのないところでありましたが。
 でありますからもう一度均目さんにこちらに合流するように電話を入れる、と云うのはこの際無しにするのでありました。頑治さんとしても那間裕子女史の介抱と云う難題が無いのなら、このところ交流の冷えた均目さんを呼び出すのもどこか気持ちの上でしっくりいかないところでもあったから、心残りも何もさっぱり無いのでありました。
 まあ、この後アパートに帰った那間裕子女史を均目さんが恒例に依り訪問すると云うのも、ひょっとしたら那間裕子女史の方が頑治さんと別れた後均目さんのアパートの方に帰ると云うのも、何れにしてもそれは頑治さんの知った事ではないのであります。それにそう云う事であるから、那間裕子女史は頑治さんとの飲み会を適当に切り上げて、ほろ酔いくらいで押さえて、無難な時間中に帰路に就くと云う心算なのかも知れません。
 まあこれは、確たる裏付けの無い事であります。あくまでも二人のなさぬ仲らしきを秘かに濃く疑っている、頑治さんの憶測の域内のものでしかないのでありますけれど。
 と云う訳で、この後那間裕子女史が二杯のスクリュードライバーと、頑治さんが一杯のジンフィズを飲み干したところで、飲み会はお開きとなるのでありました。何と云う事もない飲み会でありましたが、要は均目さんの残業が終わるまでの那間裕子女史の時間潰しのための飲み会であったような気も、頑治さんはしない事もないのでありました。
(続)
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