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あなたのとりこ 547 [あなたのとりこ 19 創作]

「いやあ、そんな事は全くありませんけど」
 頑治さんはしどろもどろにならないように気を付けながら、先程と同じ科白を吐いて笑うのでありました。必要以上に性急に打ち消して見せれば、返ってそうだと云っているようなものでありますから、ここは注意が要るところであります。
「あたしが例に依って、酔い潰れたら面倒だと思っているのかしら?」
「ああそうか、確かにそれは面倒ですね」
 これはおどおどするくらい図星でありますが、まさかそう云って仕舞う訳にはいかないから、頑治さんは那間裕子女史に云われて初めて気が付いて、成程そう云えばそんな面倒もあるかな、と云うような芝居気交じりの真顔をして見せるのでありました。
「唐目君にあたしの家まで送って貰うと云うのも、悪くはないわね」
 那間裕子女史が意地悪そうに笑い返すのでありました。
「勿論そうなれば、俺は責任を持ってちゃんと送りとどけますよ」
「無理しなくて良いわ。絶対嫌だ、と云う色が目に現れているわよ」
 那間裕子女史は頑治さんの目を覗き込むのでありました。思わず那間裕子女史の顔が接近してきたので、頑治さんは少しどぎまぎするのでありました。
「いや、喜んで送りとどけの任に当たりますよ」
「そんな風に目をパチパチしながら云われても、信用で出来る訳ないじゃない」
 那間裕子女史は苦笑いを頬に浮かべるのでありました。「それに第一唐目君にそんな事をさせたら、唐目君の彼女さんに悪いしね」
「いやまあ、そんな事もないでしょうけど」
 そう首を横に振りながら、頑治さんは夕美さんの顔をふと思い浮かべているのでありました。勿論例え夕美さんが知る由もないながらも、夕美さんに対する忠義に於いて、那間裕子女史を介抱しつつ家に送りとどけるなんと云う、経緯の上での不可避な事態であり、且つ止むに止まれぬ義務であり、何ら疚しい魂胆も妙な下心も絶対抱いていないと間違いなく正々堂々云い切れるものながら、しかしそれでも何となく夕美さんにちょいと後ろめたいような気分になるところの真似は、これはもう避けるに如かず、ではありますが。
「そんなに心配しないで大丈夫よ」
 那間裕子女史は頬の苦笑いを濃くするのでありました。「明日のスワヒリ語の授業の宿題と予習を少しだけどしなくちゃいけないから、今日はそんなにへべれけになるまで深酒しないで、日を跨がない内にちゃんとアパートに帰る心算よ」
「ああ、三鷹のアジア・アフリカ語学院、ですか?」
「そう。この前先生が代わって、宿題が出たりして最近色々大変なの」
「先生、と云うのは、向こうの人ですか?」
「そう。ケニアの人」
「ケニアにも宿題と云うのがあるんですかね?」
「ケニア一般、は知らないけど、その先生は出すわね。まあ社会人相手だからそんなに大量に出す訳じゃないけど、でも、負担は負担よ」
(続)
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