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あなたのとりこ 546 [あなたのとりこ 19 創作]

 いやしかし、土師尾常務がその辺の事を本当にちゃんと理解していたかどうかは、これまた疑わしい限りであります。あの判らんちんの土師尾常務の事でありますから、しごく当たり前の要求として、正々堂々と均目さんの残業代不払いを宣したのかも知れません。その慎に以って堂々たる要求を組合が邪険に断ったと、そう云う手前勝手な解釈になるのかも知れないのであります。まあこれは、充分にあり得るところでありますか。
 さてところで、均目さんを呼び出すと云うのは、頑治さんとしては大いに賛成でありました。そうなれば恐らく、これ迄の経緯とか慣例から、均目さんが那間裕子女史のへべれけの面倒を見るのが妥当でありましょうからから。つまりお先走りではあるものの頑治さんのこれまでの那間裕子女史のへべれけに関する懊悩は、最終的に安堵すべき杞憂と云う事になる訳でありますから、これはもう、しめしめと云うものであります。
「ちょっと、会社に電話してみましょうか?」
「そうね、ここで待っているから仕事が片付いたら来いって誘ってみてくれる」
「判りました。じゃあ、ちょっと」
 頑治さんは椅子から立ち上がって、店の出入り口近くの棚に花瓶と並べて置いてある緑色の公衆電話の方へ行くのでありました。

 席に戻って来るなり、頑治さんは首を横に振って見せるのでありました。
「会社に掛けても誰も出ませんね」
「珍しく、今日はもう帰っちゃったのかしら」
「それで家の方にも掛けてみたんですが、こっちも出ませんね。拍子の悪い事に、丁度帰っている途中の電車の中なのかも知れませんよ」
「ふうん。あま、掴まらないのなら仕方が無いわね」
 那間裕子女史は然程の執着を見せないで、あっさりそれで均目さんを呼び出すと云う計画を放擲する心算のようでありました。
「また少ししたら、もう一回電話してみますよ」
 そう簡単に諦めきれない頑治さんとしてはもう一度、と云うか、均目さんが掴まるまでしつこく電話を掛けてみる心算なのでありました。
「まあ、タイミングが悪くて掴まらないのなら、今日はもう良いんじゃないの」
「いやまあ、折角思い付いてそうつれなく諦めるのも何と云うか、心残り、ですから」
「ふうん。そんなに均目君をここに呼び出したいの?」
「いやまあ、是が非でも、と云う訳ではないですが、まあ、でも、何となく。・・・」
「あたしと二人きりで飲むのは、厄介だと考えているの?」
 那間裕子女史が頑治さんの顔を覗き込みながら訊くのでありました。
「いや、そんな事は全くありませんけど」
 頑治さんは数度顔の前で掌を横に振って見せるのでありました。
「あたしは均目君抜きで、偶には唐目君とこうして二人だけで飲むのも悪くないと思っているんだけど、あたしと二人きりじゃしっくりこないと云う事?」
(続)
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