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あなたのとりこ 539 [あなたのとりこ 18 創作]

 均目さんは少々がっかりしたような声音で頑治さんの言を繰り返すのでありました。
「均目君は全体会議側かな?」
 頑治さんがすぐに均目さんに問い返すのでありました。
「俺としては、さっき迄は労使の団体交渉と云う心算でいたんだけど、今は、ここはそう云う対立構図を最初から取らないで、少し穏便な形で話し合いをした方が賢明かも知れないと云う気がしている。その方が、必要以上に問題が拗れないで済むんじゃないかと」
 頑治さんは均目さんのその言葉を聞きながら目の端で袁満さんをチラと窺うのでありました。袁満さんは目立たないように小さくではあるけれど、均目さんの意見に頷いているのでありました。どうやら袁満さんも全体会議派に宗旨替えのようであります。
「土師尾さんの云う事を聞いていたら、急に気持ちが変わったと云う事?」
 那間裕子女史がこれもきつ目の眼容で均目さんを睨むのでありました。前以ての組合員間の打ち合わせを勝手に脇に置いて、何の前触れもなく俄かに裏切りみたいな真似を働く気か、と云う叱責がその視線に籠っているようでありました。
「まあ、そう取るならそれでも構わないよ」
 均目さんは対抗上、開き直るような云い草をするのでありました。
「何よそれ!」
 那間裕子女史が目を剥くのでありました。「急に態度を豹変させて、皆の合意を勝手にここで裏切るなんて、あたしには信じられないわ」
 那間裕子女史は怒気で嵩じた声で吐き出すのでありました。意ならず急激に怒気を発したためか、途中で声が裏返るのでありました。まさかこの期に及んで、均目さんがそんな弱気な日和見を働くとは無念遣る方無い、と云うところでありましょう。

 土師尾常務が、何だか面白そうな具合になってきた、と云ったような目をして那間裕子女史と均目さんの遣り取りを見上げているのでありました。こうして仲間割れをしてくれるのは思う壺と云うところでありますか。まあ、始めから仲間割れを狙って謀をしていた訳ではないけど、偶々そんな推移になって、しめしめ云ったところでありましょう。
 那間裕子女史と均目さんの云い合いを見ながら、甲斐計子女史もそわそわしてくるのでありました。甲斐計子女史も気質としては闘争的な方では決してなく、万事、態々角を立てるよりは柔らかに事態が推移するのを好むと云うタイプなのでありましょう。
 こうなると頑治さんがあくまで団体交渉派に留まるとしても、こちらは那間裕子女史と二人と云う事になり、穏健派の三人には数に於いて及ばない訳であります。しかしここで頑治さん迄日和見すると、那間裕子女史の立つ瀬が無くなるでありましょう。あくまでも団体交渉と云う線で意見集約してこの申し入れに臨んだのでありますから、思い込んだらとことん一直線タイプの那間裕子女史としては意地でも譲れないところでありますか。
 当初の意気込みに反して、何とも無様な申し入れになったものだと頑治さんは眉根を寄せるのでありました。一方で均目さんは団交派二対全体会議派三の形勢を睨みながら、この何とも頓馬な展開を収拾すべく皆に向かって強引に決を迫るのでありました。
(続)
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