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あなたのとりこ 538 [あなたのとりこ 18 創作]

 一同は顔を見合わせて一様に困じたような表情をするのでありました。
「特定の人を狙った解雇勧告に対して話し合いを持つんだから、あくまで組合と経営側の団体交渉として行うべきだと思うわ」
 那間裕子女史は均目さんを睨むのでありました。
「しかしそれでは話し合いそのものが持てないとなると、入り口で紛糾して仕舞って、それから先の具体的なところに話しが全く及ばなくなくなる」
「兎に角、話しは前に進めないとどう仕様もないか。その目的でこうして申し入れをしているんだから、この際形式には拘らなくても構わないのかも知れない」
 袁満さんが不承々々そうに土師尾常務の妥協案に身を寄せて行くのでありました。
「袁満君はもう早速懐柔されて仕舞ったの?」
 那間裕子女史が憫笑を片頬に浮かべて云うのでありました。
「そう云う訳じゃないけど、話しの取り掛かりとしては、全体会議と云う形式でも良いかとも思うんですよ。土師尾常務がそれなら乗ると云うのならば。・・・」
「要するに全総連の関係者を排除したいと云う思惑からそんな事を提案するのよ。こんなの典型的な、組合の気組みや団結を取り崩そうとする経営側の常套手段よ」
「あたしも団体交渉の方が道理だと思うわ」
 甲斐計子女史が土師尾常務と目を合させないようにしながら、多少のおどおど感を滲ませて控え目な物腰で云うのでありました。その云い方に土師尾常務は不快感剥き出しの視線を投げるのでありました。目を合わせてはいないけれどその強い眼光を感じて、甲斐計子女史は肩を竦めて下を向いて意ならずも狼狽を表して仕舞うのでありました。
 甲斐計子女史も袁満さんも、それにこの場には居ないけれど日比課長にしてもそうでありますが、営業部スペースで仕事をしている連中は、土師尾常務に面と向かうと何故こうも腰砕けになって仕舞うのか、頑治さんは少々奇異にも感じるのでありました。この土師尾常務なる仁は、それ程迄に厳めしくも恐ろしい存在でありましょうや。
 頑治さんには、これは万事に畏れ入る事の多かった片久那制作部長との比較に於いてでありますけれど、威厳でも強面振りの迫力でも、頭の回転の速さや思考の閃きや話しの緻密さでも、どう転んでもその足下にも及ばない全く以ってなまくらな人物のように思われるのであります。ひょっとしたらこの三人は土師尾常務に何か弱みでも握られているのでありましょうか。まあしかし、弱腰ながらも団体交渉の方が良いと意見表明する甲斐計子女史の方が、袁満さんに比べれば未だ気丈であるとは云えるでありましょうか。
「そうよ、甲斐さんの云うように団体交渉として話し合うのが筋よ」
 那間裕子女史は未だ甲斐計子女史に対して敵意丸出しの目を向けている土師尾常務に向かって、何倍か増しの敵意を込めた視線を突き刺すのでありました。
「唐目君はどう思う?」
 均目さんが順番と云うところからか、頑治さんに訊くのでありました。
「俺も今回は全総連の人も入れた労使の団体交渉の方が良いと思うよ」
「ああそう、団体交渉の方が良い、と云う側ね」
(続)
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