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あなたのとりこ 536 [あなたのとりこ 18 創作]

 どう云う思惑に依るのか均目さんは何方かと云うと、組合にとって好都合でない方向に話しを進めようとしているように頑治さんは思うのでありました。
「常務がそう云うのなら、何はともあれ我々従業員と常務とで、率直な話し合いをする事が第一の目的なんですから、ここは我々としても労使の団体交渉と云う形に拘るよりは、社内の全体会議と云う形で妥協してはどうでしょうかねえ?」
 均目さんが袁満さんの目をじっと見入るのでありました。

 ここでまた那間裕子女史が均目さんに猜疑の目を向けるのでありました。
「でも労使交渉と云う体裁を放棄した時点でこちらは、誰かに会社を辞めて貰うと云う前提を、ある意味是認した事になるんじゃないの?」
「しかしそれはあくまでも要請と云う事で、強制的な事ではないんですよねえ?」
 均目さんは後半の言葉を発する時に那間裕子女史から土師尾常務の方に顔の向きを変えるのでありました。それは那間裕子女史の猜疑の目から、体良く逃れるための視線の移動のようにも頑治さんには思えるのでありました。
「勿論、誰かに辞めて貰うと云う前提そのものの妥当性から、先ず話し合う心算だ。そう考えるに至った経緯も率直に話すし、それが、組合員としてではなく贈答社社員としての君等に容認して貰えないのなら、他の方法をお互い知恵を出して話し合う用意もある」
 土師尾常務はそう云って均目さんの意見に従う方が、無意味な労使の対立図式を持ちこむよりは建設的だと云うところを匂わそうとするのでありました。
「そんな協力的なところなんか今迄見せた事は一度としてないのに、ここで急に微笑みながら妙にもの分かりの好い風の事を云われても、それは如何にも取って付けたようで調子の好い云い草としか思えないから、あたしとしては俄かには信用出来ないわ」
 那間裕子女史が均目さんに送ったものよりももっと強い猜疑の目を土師尾常務の顔に向けるのでありました。これは当然であろうと頑治さんも思うのでありました。
「確認しますが、若し全体会議と云う形でなら、誰かに辞めて貰うと云う前提を綺麗さっぱり抜きにして、知恵を出し合うと云う形で話し合うと云うのですね?」
 どちらかと云うとぎすぎす喧嘩腰で対立するよりは、何事に付けても穏便なる事を尊しとする気質の袁満さんが、均目さんと土師尾常務の方に寄っていくのでありました。
「勿論その心算だし、君達に会社の立て直しに対して何か良い考えがあるのなら、是非聞かせてほしいし、それを真摯に聞くチャンスでもあると考えているよ」
 土師尾常務はここぞとばかり、今迄見せた事もないような嫌に親和的な笑みを袁満さんに向かって投げかけるのでありました。入社以来今の今迄そんな顔をされた事が一度たりとも無かったものだから、ここで袁満さんが少しそわそわして仕舞うのは、袁満さんの持って生まれたしおらしさとでも云うべきものでありますか。
「よくもまあ、そんな事をいけしゃあしゃあと云えるわね」
 那間裕子女史は袁満さんの見事に絆された様子に苛々して、しかし袁満さんにではなく土師尾常務に向かって声を荒げるのでありました。
(続)
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