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あなたのとりこ 534 [あなたのとりこ 18 創作]

「つまり全総連の関係者はオミットして、社内の人間だけで、と云う事ですね」
 均目さんも土師尾常務の、或いは社長の思惑に気付いたようでありました。
「それはダメですよ。もう全総連には話しをしているし、全総連としても労使の団体交渉として、この話し合いの中に入る体勢が出来ているし」
 袁満さんが顔の前で掌を横に何度も降って見せるのでありました。
「しかし別に態々、全総連が介入してくる必要はないじゃないか」
 土師尾常務が袁満さんのこのすぐさま鮸膠も無く掌を横に振る仕草に対して、反射的にムッとしたようなは口調になるのは、この袁満さんの挙動を自分と云う上司に対する配慮の無い生意気な態度であり、甚だしく無礼だと感じたためでありましょう。
「いや、解雇しようと云う事なんだから、純然たる労働問題ですよ」
 袁満さんは、これも売り言葉に買い言葉で喧嘩腰を見せるのでありました。
「解雇しようとしたんじゃなくて、辞める気は無いかどうか訊いただけだ」
「何をこの期に及んで誤魔化さないでくださいよ!」
 袁満さんは机を掌で叩くのでありましたが、それは何となく気弱な躊躇い気味の叩き方であり、土師尾常務を驚かす程大音響を響かせるようなものではないのでありました。
「何だその態度は!」
 でありますから、このような反撃がすぐに返ってくるのであります。どちらかと云うとこの土師尾常務の叱声の方が、まあ、それ程大した事はないように頑治さんは感じたのではありますが、しかし袁満さんの尻込み気味の机叩きよりは、迫力の点で優っているのではないかと、ここは残念ながら土師尾常務に軍配を上げるしかないのでありました。
「確かに袁満君の云うように、そう云う云い方は誤魔化しよ」
 ここで形勢不利な袁満さんに代わって那間裕子女史が出て来るのでありました。「それに誰か辞めさせようとして、誰彼構わず片っ端から声を掛ける心算だったようだから、寧ろ破廉恥さと無茶苦茶さではそちらの方が酷いと云うべきじゃないかしら」
 破廉恥と云われて土師尾常務は那間裕子女史を睨むのでありましたが、女史に対して変な苦手意識があるせいか、せっかちな罵声を思い止まるのでありました。それから一呼吸入れて自分を落ち着かせてから、敢えて静かな口調で返すのでありました。
「誰彼構わず、と云うのではないよ。経営者として会社にとって必要な人材かどうかの判断はちゃんとしてから、声を掛ける心算だったんだ。それに勿論、その人が辞めたくないと云うのなら、強制的に解雇するような事は、先ずしないし」
「全総連絡みの厄介な労使の団体交渉にエスカレートしたものだから、急にそんな聞いた風の言を構えて、あっけらかんと弁解にこれ努めているんじゃないかしら?」
 那間裕子女史は土師尾常務を見下ろして、猜疑の笑みを浮かべるのでありました。
「いや、そうじゃないよ」
 当然土師尾常務としては、体面上ここは迂闊に引けないのでありました。
「じゃあ、社内の全体会議としてなら、話しをする用意はあるんですね?」
 ここで均目さんが言葉を挟んでくるのでありました。
(続)
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