SSブログ

あなたのとりこ 533 [あなたのとりこ 18 創作]

「団体交渉の申し入れ書です」
 袁満さんが不愉快そうに云うのでありました。
「労使の団体交渉として君達と話し合いをする意志はないよ」
 土師尾常務は袁満さんを天敵を見るような目で見上げるのでありました。
「じゃあこの、申し家れ書を無視すると云うのですか?」
 袁満さんの横に立つ那間裕子女史が云うと土師尾常務は、顔は動かさずに目だけを横にずらして那間裕子女史を睨むのでありました。
「組合と話し合いをする意志なんか無いと云う訳ですか?」
 那間裕子女史のそのまた横に立つ均目さんが目を剥くのでありました。
「無視すると云うのではないよ」
 土師尾常務は、顔はあくまでも袁満さんに正対させた儘、また目玉を横に動かして均目さんを見るのでありました。顔の正面に袁満さんを捉えた儘でいるのは、組合の委員長でありこの行動の主役たる袁満さんへの敬意からと云うのでは全くなく、均目さんや那間裕子女史よりも袁満さんの方が言葉を交わす相手として与し易いと考えて、主たる相手を袁満さんと限っているその魂胆の表れかと頑治さんはチラと考えるのでありました。
「じゃあ、どうしてこの申し入れ書を手に取ろうともしないのですか?」
 均目さんが机の上に置かれた団体交渉申し入れ書を指差すのでありました。
「労働組合と経営側と云う関係で話しをするのは嫌だと云っているんだよ」
 土師尾常務は、顔は不機嫌そうであるけれど、変にあたふたしたり頭から湯気を出して激昂したりするでもなく、意外に落ち着いたすげなさで返すのでありました。その様子から、屹度昨日の内に社長と連絡を取り合って、組合員のストライキの件と団交申し入れの件への対応を、予め打ち合わせたのであろうと頑治さんは憶測するのでありました。
 多分昨日社長は会社に現れなかったであろうと思われるのでありますが、土師尾常務は何とか社長に電話でのコンタクトを取ったのでありましょう。で、幸いにも連絡が取れたので、あれこれ二人で対処を打ち合わせたものと思われるのであります。
 そうでなければこの土師尾常務が昨日の組合員のストライキに対して、オロオロくよくよ狼狽えて、何とか体面を保つために必死に怒り狂った様子をして見せて、理不尽な難癖を付けずに済まそうとする筈がないと云うものであります。つまらない見栄や体裁のために態々話を紛糾させて仕舞うのは、この人の得意技の一つでありますから。
「それなら、労使の交渉と云う形でないなら、話しをしても良いと云うんですね?」
 那間裕子女史が訊くのでありました。この那間裕子女史の咄嗟の言葉は、ちょっと不用意な云い草ではないと頑治さんは咄嗟に危惧するのでありました。何だか土師尾常務の思惑にうっかり乗って仕舞ったのではないかと思えたのであります。
「そう。労使と云うのではなく、社内の全体会議としてなら、話し合う用意はある」
 成程それなら対立構図を鮮明にする事無く、それに社外の人の参加も拒否出来る訳であります。つまり全総連の案件ではなくなるから横瀬氏等の参加を拒めるのであります。これは恐らく土師尾常務の考えではなく社長からの入れ知恵でありましょう。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 12

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。