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あなたのとりこ 529 [あなたのとりこ 18 創作]

「誰か別の人、の筆頭格は多分あたしの筈よ」
 甲斐計子女史が前に云っていた事をここで繰り返すのでありました。
「それは何か根拠でもあるんですか?」
 横瀬氏は、甲斐計子女史がひょっとしたら自分より歳上かも知れないと云う辺りに気を遣ってか、一応敬語で聞くのでありました。
「春闘の時に新しい賃金体系になった折、社長と土師尾さんが二人グルになって、あたしにだけ前の儘のお給料で我慢しろ、なんて不当な事を云った事がありますからね」
「ああそれで、甲斐さんは組合に入る事になったんでしたねえ」
 横瀬氏は甲斐計子女史が組合員になる経緯を前に袁満さんから聞いていて、それをちゃんと覚えていたようであります。ま、年齢の方は失念しているとしても。
{いや、甲斐さんだと決まっている訳じゃないけどね}
 袁満さんが否定するのでありました。
「そうよ。それはあたしかも知れないし」
 那間裕子女史が云うのでありました。「あたしは元々尊敬もしていないから、土師尾さんにでもずけずけものを云うし、可愛気のない反抗的なヤツだと常日頃から苦々しく思っているんじゃないかしらね。まあ別に、あたしはそれで結構だけど」
「誰が候補なのかは今のところはっきり判らないけど、でも誰か一人、或いは複数を辞めさせようとしているのは確かみたいだ」
 均目さんが話しの舳先を元の方角に軌道修正しようとするのでありました。「ひょっとしたら明日朝、早速唐目君以外の誰かに声を掛けるかも知れない」
「まあ、朝、定時に出社して来れば、だけど」
 袁満さんがそう受け応えた後で慌てて那間裕子女史の方を窺うのは、今の言は別に、遅刻常習犯の那間裕子女史への当て擦りを企図して云った訳ではないからでありましょう。ひょっとして那間裕子女史に鞘当てだと勘繰られては全く不本意でありますから。
 勿論那間裕子女史もその辺りは弁えていて、別に袁満さんの言に拘る様子は見せないのでありました。しかし、無視するように目も向けないのではありましたけれど。
「だからこちらとしては土師尾常務が出社して来たらもたもたしていないで、何か変な動きをする前に機先を制して、今日の申し入れに対する返答を迫らなければならない」
 均目さんは何だか謀を回らしているような顔で云うのでありました。
「何なら今日の内に常務の退社時間を狙って、返答を要求すると云う手もあるかな」
 袁満さんがせっかちな事を云い出すのでありました。
「いや、今日は我々はストライキですから、今日の内にぞろぞろと連れ立ってまた会社に戻るのは何となく体面として無様なんじゃないですかね。それに常務の事だからしめしめとばかり退社時間前に、仕事放たらかしでこそこそ帰宅して仕舞うかも知れないし」
「ま、あの人の事だからそれもあり得るかもね」
 甲斐計子女史が納得の頷きをするのでありました。
「いや、それ程肝っ玉の太いヤツでも全然ないからなあアイツは」
(続)
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