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あなたのとりこ 526 [あなたのとりこ 18 創作]

「常務は気楽な心算かも知れませんが、これは典型的な不当労働行為に当たります」
 均目さんが自信を持って云うのでありましたが、これだけで本当に典型的な不当労働行為に当たるのかどうか、頑治さんは少しあやふやな気がするのでありました。しかしそんな事を敢えてこの場で云い出す気は更々無いのでありましたけれど。
 要は均目さんとしては確信あり気に不当労働行為だと云い立てて、土師尾常務を慌てさせるのが狙いなのでありましょう。まあ、実は頑治さんも同類なのではありますが、土師尾常務の労働法規等に対する無知と無関心を利用しようと云う肚でありますか。
 この均目さんの策謀に土師尾常務はまんまと嵌ったようで、次の句を継ぐ事が出来ずに目線をあちらこちらに泳がせるのでありました。
「以後このような不当労働行為は、決してしないと確約して貰えますか?」
 袁満さんがそう云って土師尾常務を睨むのでありました。
「確約して貰えないとなると、我々は向後安心して働く事が出来ませんよ」
 那間裕子女史が云うとここで全員で、そうだ、の声を上げる段取りだったのでありましたが、何故か全員何となく臆したように切っ掛けを逸して、袁満さんが何やら妙な音声を一声尻窄みに上げた後、恥ずかしそうに取り繕いの咳払いなんかして誤魔化す以外、誰も声を発しないのは慎に以って無様な次第であると云うべきでありましたか。
「口頭で確約して貰えるなら、敢えて念書を取るところ迄はしませんよ」
 この醜態を急いで糊塗せんとしてか、均目さんが態と嵩にかかって土師尾常務を追い詰めるような事を余裕たっぷりに云って見せるのでありました。
「何で念書なんか書く必要があるんだ!」
 ここでも均目さんの狙いは功を奏したようで、土師尾常務は組合員の秘かな醜態にはすっかり目もくれずに、均目さんの不遜に対してのみいきり立って怒声を浴びせるのでありましたが、その眼鏡の奥の目には相変わらず怯えと狼狽がはっきりと見て取れるのでありました。考えたら土師尾常務と云う御仁は、意外と扱い易い人ではありますか。
「だから口頭で確約して貰えば良いと、そう云っているじゃありませんか」
 均目さんは静穏に返して、土師尾常務の見せる過剰な剣幕に、やれやれ困ったものだ、と云った憫笑等をして見せるのでありました。
「どうしてそんなに無礼な口を利くんだ、均目君は!」
「平気な顔で陰湿な不当労働行為をする事こそが、我々労働者の人格に対する、この上無い無礼になるのではないですか?」
「不当労働行為をしている心算なんかないよ!」
「常務にその自覚が無いだけですから、それは常務の不見識と怠慢ですよ。何なら不当労働行為に当たる事をここで法令から逐一証明して見せましょうか」
 均目さんはそう云ってワイシャツのポケットから小さなメモ用紙を取り出すのでありました。つまりこれは、そこに縷々、土師尾常務のした事が不当労働行為に当たると云う証明が書き記されてあるのだ、と云ったような思わせ振りでありますか。この辺はなかなかの演技力で、人の悪さでは土師尾常務より一枚上と云う風であります。
(続)
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