SSブログ

あなたのとりこ 524 [あなたのとりこ 18 創作]

 かねてからの打ち合わせ通り、従業員全員は自席に着座した土師尾常務を早速取り囲むのでありました。因みに日比課長は昼休みが終わって午後一番に、何となくばつの悪そうな風情でそそくさと会社を出て行くのでありました。
 で、土師尾常務はこの突然の事態に大いにたじろぐのでありました。
「何だ君達は。僕がちゃんと得意先に行って来たのかどうか疑ってでもいるのか?」
 これは思わず語るに落ちたと云うもので、後ろめたさにおどおど狼狽えて愚かにも態々自分が電話の通り家から得意先に直行したのではなく、仕事をサボった事を白状したようなものだと頑治さんは内心で憫笑するのでありました。小人のつく嘘てえものは得てしてこんなような頓馬な結果を齎すものだと云う好例でありましょうか。
「そんな事じゃありませんよ」
 土師尾常務の真横に最接近している袁満さんがその頭の上に、少し荒けない調子の言葉を振り掛けるのでありました。「まあ、その事も、後程問題にはしたいけど」
 袁満さんは調子を和らげて皮肉っぽく笑いながら続けるのでありました。
「じゃあ何なんだ、こんなただならない様子で僕を取り囲むのは」
「常務は唐目君に、会社を辞めてくれと云ったようですね」
 袁満さんにそう重ねられて、土師尾常務はすぐに袁満さんの横に立つ頑治さんの方に顔を向けて鋭角な視線を投げるのでありました。
「唐目君は早速皆に話したのか」
「土師尾常務に退職を勧められる前に、何か待遇変更なんかの話しが個別にあっても、それを個別に解決しようとしないで、組合員全員の問題として取り組もうと云う申し合わせが出来ていましたから、つまりそれに従った迄ですよ」
 土師尾常務のまるで告げ口を非難するような視線に対して、頑治さんは全くの無表情を以って事務連絡のような感じで応えるのでありました。
「黙っていてくれとちゃんと頼んだのに」
 土師尾常務は恨めしそうに頑治さんから視線を逸らして、当て付けがましい舌打ちの音を少し大きく立て見せるのでありました。これは自分の依頼を聞かずに皆に早々にお喋りして仕舞った頑治さんを手前味噌に腹立たしく思っての所作であり、その舌打ちの音の大きさで頑治さんを怯ませてやろうと云う意図からの仕草でもありましょう。
 土師尾常務は自分のそんな迫力ある怒りの表明に、頑治さんは大いにオロオロするであろうと踏んでいたようでありました。しかし頑治さんの様子に臆したような風情はとんと見られないのでありました。寧ろその全くの無表情に自分の企図が端から読まれていて、逆に小馬鹿にされているような屈辱を感じようで、土師尾常務はちらと頑治さんをもう一度上目に見てから、寧ろ自分の方が弱気にその視線を逸らすのでありました。
 まあ、頑治さんとしては特段の意図で以ってこの無表情を期した訳では全くないのでありました。しかしそれでも土師尾常務がそのように勝手に独り相撲を取るような事をするのなら、ま、それはそれでしめしめと云うところではありますか。
「それで、若し唐目君がダメだったら、他の者に同じ事を云う心算だったようですね」
(続)
nice!(15)  コメント(0) 

nice! 15

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。