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あなたのとりこ 521 [あなたのとりこ 18 創作]

「ここで唐目君に辞められると組合員は四人になって、五人と四人とでは何となく、団交の時の迫力が違うような印象だしなあ。日比さんも当面組合に入る気はなさそうだし」
 袁満さんがそう云った後慌てて付け足すのでありました。「ああいや、勿論唐目君が単なる人数の内の一人に過ぎない、と云っている訳じゃないけど」
「当たり前でしょう。こう云っては何だけど、日比さんが入っての五人と、日比さんが居なくても唐目君が居る五人とでは、組合の安定感が格段に違うわよ」
 甲斐計子女史がここでこんな風に日比課長に対して邪険に云うのは、袁満さんの話しに依ると会社帰りに駅迄の道程の何処かで待ち伏せして、妙な下心から甲斐さんを食事に誘ったりすると云う行為に対して甲斐計子女史が甚く嫌悪感を抱いていて、その感情をぶつけてやろうと云う意からであろうと頑治さんは推察するのでありました。確かにそう云われて日比課長は抗弁したり冗談で返したりする事なく、おどおどと甲斐計子女史から目を逸らして、ばつが悪そうに自分のグラスに手酌でビールを注ぎ入れるのでありました。
「じゃあ、明日早速、組合員全員で土師尾さんを取り囲んで談判に及ぶの?」
 那間裕子女史が均目さんの酌を受けながら話を元に戻すのでありました。
「唐目君一人で、矢張り会社を辞めるつもりはない、と云っても、ああそうかと云う事で今度は他の誰かに矛先を向けるだけだろうから、ここは組合として団交を申し入れると云う風に持って行く方が良いかな。不当な退職勧告をこれ以上しようとするのなら、上部団体の全総連と図って、労働問題化すると脅かす方がアイツには利くだろうな」
 袁満さんが甲斐計子女史からビールを注いで貰いながら云うのでありました。
「明日早速、そうするの?」
 甲斐計子女史がビールを注ぎ終わって瓶を立てながら訊くのでありました。
「日を置くより、素早く反応した方が効果的なんじゃないかな、そう云うふざけた謀は断固許さないと云うこっちの意志を明快に伝える点でも」
 袁満さんが継がれたビールを一気に飲み干すのでありました。
「ま、明日定時にアイツがちゃんと会社に来たら、と云う事だけどね」
 日比課長が皮肉っぽく補足するのでありました。
「若しアイツが遅れて出社して来たとしても、来たら早速、と云う事で良いだけさ」
 袁満さんは日比課長の一言をすげなく脇に退けるのでありました。「どうかな、雇用問題で組合として話しがあるから時間をつくってくれ、と云う風に組合員全員で取り囲んで申し入れると云う事で一決して良いかな?」
「異議無し」
 これは均目さんの言でありました。その言に促されたように夫々は発声はしないけれど、個々に確と頷きを返すのでありました。この後は当日の手順とか申し入れる文言を確認して、この居酒屋での話し合いは散会となるのでありました。

 次の日の朝、例に依って得意先に直行すると云う土師尾常務からの電話が入るのでありました。ま、予想通りで、皆は別にこれで決意を削がれる事はないのでありました。
(続)
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