SSブログ

あなたのとりこ 520 [あなたのとりこ 18 創作]

 袁満さんは那間裕子女史の危機意識にまるで意を寄せないのでありました。
「ううん。あたしだって単なる出版物やその他の製品の修正要員でしかないもの。云ってみれば均目君の、朝寝坊する助手、みたいなところかしらね」
 那間裕子女史は朝寝坊の自虐を一つ付け足して憂えて見せるのでありました。
「でもまあ、自ら辞める気は、今のところないんでしょう?」
 袁満さんは矢張りどこか那間裕子女史に対して親身と云うには物足りない、感情の抑揚が然して豊かではないような云い方で訊くのでありました。
「それはまあそうだけど、辞めろと云われればそんなにあたふたしないで、比較的すんなりと、はいそうですかって感じで辞めるかも知れないわ」
「でも気持ちはそうであっても、一応前に土師尾常務に何かひどい事を云われたりされたりいたら、従業員個々でそれに対応するのではなくて、組合員全員で共有一致して対処すると云う申し合わせをしたんだから、それには則ってもらわないと」
 均目さんが一応そう釘を刺すのでありました。
「それは判っているわ。唐目君もそれを念頭に土師尾さんの箝口令を拒絶して、こうして組合員全員に話してくれたんだろうし、あたしもそれはちゃんと守るわよ」
「組合で、土師尾常務の悪行を見越して、そんな申し合わせをしていたの?」
 日比課長が横の袁満さんに訊くのでありました。
「そうだよ。特別土師尾常務にビビッている訳じゃないけど、何せアイツは陰気で頓珍漢な謀の多いヤツだから、その方が何かと心強いからね」
「組合、と云う事なら俺には適用されないと云う事か」
「まあ、日比さんは一応こちら側の人間だとは思っているから、この原則からは除外と云う事もないけどね。若し心配なら今からでも組合に入れば良いし」
 袁満さんにそう云われても日比課長は頷きはしないのでありました。矢張り未だ何となく組合に入る事にしっくりいかないところがあるのでありましょう。
「で、唐目君は個人としては結局どうする心算なの?」
 那間裕子女史が頑治さんの顔を見るのでありました。「この際だからこんなウダウダと厄介な会社は辞めて、新しい仕事を探す気になっているの?」
「そうですねえ、・・・」
 頑治さんはあやふやな返事をするのでありました。
「それとも、未だ残る気はあるのかしらね?」
 これは甲斐計子女史が続けて問う言葉でありました。
「まあ、俺みたいなヤツは何処に行っても通用すると云ったタイプの人間じゃないから、そんなに簡単に会社を辞める訳にもいきませんかねえ」
「ううん。唐目君なら、ここに居る誰よりも手早く確実に次の仕事を見付けて、それに適応する能力があると思うわよ、お世辞じゃなくて」
 そう云いながらも甲斐計子女史は、頑治さんがそう簡単に会社を辞めないだろう事に少し安堵しているような表情をも見せるのでありました。
(続)
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 15

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。