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あなたのとりこ 519 [あなたのとりこ 18 創作]

 均目さんがそう云って頑治さんを見るのでありました。「まあ、カッチリした仕事振りと云うのか、そつのない仕事振りと云うのか」
 カッチリした、と云うのを、そつのない、と云い直す均目さんの心底なんと云うものは、つまり頑治さんの仕事振りに対する評価を、暗にやや割り引きしたいと云う意図が働いて態々そう云い直したのかと、頑治さんはチラと考えるのでありました。ここのところ何となくしっくりいっていない均目さんと自分との関係から、言葉の端々にそんな少しねじけた均目さんの思惑を竟々疑って仕舞うのでありますが、しかしこれは寧ろ頑治さんの方が余計にひねくれているのではないかと疑うべきところであるのかも知れませんが。
 しかしところで、カッチリした、と云うのと、そつのない、と云うのでは、一体何方が評価として格上なのでありましょう。カッチリした、と云うのは要するに手堅いと云う意味合いでありましょうし、そつのない、と云うのは無駄のない効率的なとか云うところでありますか。となるとその二語は殆ど同じ謂いだとも云えるのでありましょう。であるならば、頑治さんの均目さんの心底に対する詮索は無意味だと云う事になりますか。
「さあ、唐目君」
 その言葉に思念の海から引っ張り上げられた頑治さんは、目の前に少し傾けて差し出されているビール瓶と、それを持つ袁満さんの顔に出くわすのでありました。これは先程頑治さんが注いであげたビールへのお返しであるとすぐに判るのでありました。
 頑治さんは慌ててグラスを持ち上げるのでありました。
「唐目君の次に辞めさせようと狙われているのは、屹度このあたしね」
 甲斐計子女史が袁満さんが頑治さんのグラスにビールを注ぐのを見遣りながら云うでありました。「春闘の後、社長と土師尾さんは、あたしには新しく計算された賃金を適用したくなかったんだから、要するにあたしも厄介者と見做されているんでしょうね」
「確かに。そうなると辞めさせたいのは唐目君と甲斐さんと云う事になるか」
「何だよ日比さん、自分じゃなくてホッとした、と云うような云い草だな」
 袁満さんが日比課長を少し険しい目で見るのでありました。
「いや、別にそう云う事じゃ全然ないよ」
 日比課長はムッとしたような顔をして慌てて否定するのでありました。それから自分の猪口に日本酒を手酌で注ぎ入れるのでありました。それはまるで取り繕うような仕草に映るのでありましたが、別に日比課長としてはそんな心算ではなかったでありましょう。
「甲斐さんも、会社にとっては必要な人よ」
 那間裕子女史が甲斐計子女の気持ちを宥めるのでありました。
「でも社長と土師尾さんはそうは思っていないわ。あたしの仕事も、すぐにもっとお給料の安い若い人と、首の挿げ替えが利く仕事程度にしか考えていないでしょう」
「それなら、あたしだって不必要と思われているかも知れないわ」
 那間裕子女史が手酌でビールを自分のグラスに注ぎ入れるのでありまあした。それを見て、ああ気が利かなかった、と頑治さんは秘かに反省するのでありました。
「そんな事はないでしょう」
(続)
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