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あなたのとりこ 509 [あなたのとりこ 17 創作]

 寧ろ会社存続が無理だと社長が判断を下すと云う結論に向かって、なかなかの早足で進んでいるようにも頑治さんには感じられるのでありました。こういう感触は頑治さんだけではなく、均目さんも薄々感じ持っているようでありました。那間裕子女史にしても明日の会社の存続と云う点に於いて不安な表情を隠さないのでありました。
 袁満さんと日比課長、それに甲斐計子女史は一方に大いに不安は感じながらも、しかし制作部の二人に比べるとあたふたしている風ではないようでありました。別に根拠は何も無いけれど、屹度何とかなるだろうと云う生来の楽天家の表情でありましたか。
 しかし確かに営業部と会計係でこう云った具合に切迫感が些か緩いのは、その楽天的な人柄と云う要素もありはするでありましょうが、片久那制作部長が居なくなった影響を直接受けていないからでありましょう。片久那制作部長が居ると居ないで会社の安定感がまるで違うと云う点は感じてはいるのでありましょうが、業務が思っていた程滞らない様子に安堵感が出たのでありましょう。またその安堵感がなかなか強い目眩ましに働いて、屹度この先も大丈夫に違いないと好都合な感触を抱き始めたと云う事でありますか。

 均目さんは毎日不慣れで煩雑な業務に忙殺されているためでありましょうか、ふとよぎる不安に苛まれて、目先の仕事も手に付かなくなると云う事はないようでありましたが、那間裕子女史の様子がここ数日みるみる晴れなくなるのでありました。片久那制作部長が居なくなったための一種の喪失感に時々襲われて、くよくよしたり気が気ではなくなるのでありましょう。精神的にかなり追い詰められているようにも見えるのであります。
 那間裕子女史の口数がここに来て極端に減るのでありました。ああ云えば必ずこう云い返すのが女史の流儀と云うのか、自他伴に認めるところの身上だったのでありますが、その舌鋒の鋭さが痛々しくも減じて仕舞ったように感じられるのでありました。
 話しをしていても何となく心ここに在らずと云った無関心を隠しもせず、話し方も話しそのものも妙に自棄っぱちな風があって、頑治さんの方が少々うんざりさせられる、と云った具合でありましたか。前はどんなに憎々し気な事をずけずけ遠慮なく云っていても、頑治さんにはどこか愛嬌とか滑稽味がその話し振りに感じられたのでありましたが、そう云うある種のしっとり感みたいなものが殆ど感じられなくなってきたのであります。これは何だか、退職間際の山尾主任の様子と重なるなと頑治さんは思うのでありました。
 山尾主任の場合は制作部から営業部への急なコンバートと、結婚して間もないと云うのにお相手と何だかしっくりいかなくて、結局お相手が家を出て行って仕舞うと云う私生活上の苦痛が重なったのでありましたか。山尾主任はその苦痛に対する捨て鉢と逃避の心情から、解決策として会社に辞表を提出すると云う道を選んだのでありましたか。
 と云う事は、ひょっとしたら那間裕子女史も会社を辞める心算になっているのでありましょうや。しかし頑治さんは深刻な悩みみたいなものを那間裕子女史から何か聞かされた訳でもないので、女史が退職を選び取る具体的な理由については全く見当が付かないのでありました。思い当るとしたら片久那制作部長の退職でありますけれど、その衝撃てえものは、別に那間裕子女史一人が受け取ったとものでもないのであります。
(続)
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