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あなたのとりこ 500 [あなたのとりこ 17 創作]

「ええまあ、戯れ言だろうと云われれば敢えて首を横には振りませんけど」
「ね、こうして考えてみると、会社の先行きはかなり絶望的でしょう」
 那間裕子女史は溜息を吐くのでありました。
「そうなると、じゃあ、要するに、片久那制作部長が居なくなった後、どのくらいの期間会社が持つか、と云う事になりますかね」
「そうね。どのくらいして空中分解するか、だわね」
「那間さんはその期間をどのくらいと見積もっているんですか?」
「まあ、良くて一年かしら」
「ほう、一年も持つんですか」
 この頑治さんの返答に、那間裕子女史は目を見開くのでありましたが、それは殆ど目立たない程度の僅かな瞼の動きでありましたか。頑治さんにそう云われて自分の予測がひどく甘いと、暗に指摘されていると感じたと云うところでありましょうか。それは認識力と云う点に於いて沽券に関わる問題だからちょっとおどおどしたと云う訳でありますか。
「精々持って一年、と云う事で、多分それよりは確実に短くなるでしょうね」
 那間裕子女史は期間に少し曖昧さを付与するのでありました。
「一年以内に俺達は失業者になるんですかね」
「この儘なら、そうなるでしょうね、屹度」
「やれやれ」
 頑治さんは持っていたカップを受け皿に戻すのでありました。
「今の内から身の振り方を考えて置いた方がよさそうよ」
 那間裕子女史はそう云った後コーヒーを飲み干すのでありました。

 片久那制作部長の会社を辞めると云う突然の宣言によって、実は土師尾常務が一番動揺したようでありました。ここから先土師尾常務は連日の社長室詣でを始めるのでありました。社長と何を話し合ってしているのか従業員には判然としないのでありますが、社長と彼の人の事だから、どうせ碌でも無い無粋な相談だろうと推察されるのでありました。
 土師尾常務は今迄畏れて遠慮していた片久那制作部長の目も、こちらは別に今迄も気にもしていなかった社員の目も憚らず、仕事も体面もそっち退けで昼から夕方まで社長室に入り浸っているのでありました。因みに、午前中、が無いのは、例によって得意先に直行すると云う、全く疑わしい朝一で告げられる電話連絡のためでありました。
「土師尾常務は社長と何の話しを、毎日々々しているんだろう」
 袁満さんが頑治さんと駐車場の車の入れ替えをしている時に訊くのでありました。
「片久那制作部長が居なくなった後の会社の運営について、じゃないですか」
 頑治さんは社長と土師尾常務の話し合いに然して興味を惹かれないものだから、至ってありきたりで味気ない返答をするのでありました。
「そりゃそうだろうけど、一体どんな風に二人で摺り合わせているんだろう」
 袁満さんは頑治さんのおざなりな返答が慎に焦れったいようでありました。
(続)
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