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あなたのとりこ 496 [あなたのとりこ 17 創作]

「と云う訳で、この頃は前とは比べものにならないくらい頻繁に、甲斐さんと一緒に昼飯を食う機会が増えたんだよ。出雲君が居なくなってからは、二人だけでね」
「甲斐さんが夕方家に帰る時に神保町駅まで送っていくこともあるから、場合によっては甲斐さんの気分次第で夕食も一緒に、と云う場合もあるんじゃないですか?」
「まあ、ない事もないけど、それはごく偶にね。甲斐さんは大方の場合帰ってから、お母さんと一緒に夕食を摂るのが慣わしになっているようだから」
 だったら態々袁満さんに駅迄送って貰わなくとも、若し日比課長に声を掛けられても、お母さんとの食事を口実に断れば良いのではないかと頑治さんは考えるのでありました。断る理由としてなかなか尤もらしくて、きっぱりしてもいるようではありませんか。
 それに甲斐計子女史としては、日比課長は以ての外であるけれど、袁満さんとは偶にではあるものの、お母さんの方をすっぽかして夕食の膳を一緒にする事があると云うのであります。日比課長はお断りでも袁満さんならオーライと云うのは、これもちょっとなかなか、聞き捨てならないところであると云うものではありませんか。
「袁満さんと甲斐さんは、どのくらい歳が離れているんでしたっけ?」
「甲斐さんは土師尾常務や片久那制作部長と同い歳だから、俺とは八歳違いになるかな。でも何でまた俺と甲斐さんの歳の事を訊くんだい?」
「まあ、甲斐さんもそんなに所帯窶れした風ではないから、それくらいの歳の差なら、袁満さんと二人で食事していても、強ち不自然でもないと云うのか、釣り合わない事もないと云うのか、お似合いだと云えなくもないと云うのか。・・・」
「止してくれよ」
 袁満さんは何となくもじもじしながら、迷惑と云った風ではあんまりない風情で否定するのでありました。頑治さんにそう云われるのは案外、満更でもないと云う事なのでありましょうか。頑治さんは思わず少し頬の表情筋を動かすのでありました。
 そんな事をダラダラお喋りしている内に車は西武新宿駅に到着するのでありました。
「じゃあ、有難う。助かったよ」
 袁満さんはそう云って車を降りて、付近の交通量に配慮して急いでドアを閉めるのでありました。そのドアの締まる音が車中に響くのでありましたが、どこか袁満さんの気持ちの弾みみたいなものが、その音に表れているように頑治さんは感じるのでありました。
 袁満さんはずっと昵懇にしていた出雲さんが会社から居なくなって、すっかり気落ちしているのだろうと推察していたのでありましたが、案外そうでもないような具合であります。もう地方出張営業にも行かなくなったし、何となく出雲さんとつるんでいた昼休みもなくなって、しかしその分甲斐計子女史と一緒に過ごす時間が増えて、気持ちの点では寧ろこの頃の方が前よりも、会社に来る張り合いがあると云うところでありますか。
 まあ、精々袁満さんには日比課長の魔手から甲斐計子女史を油断なく守って貰いたいものであります。そうやって交流が濃くなっていけば、ひょっとしてひょっとするかも知れないと云うものであります。日比課長と云う宿敵であると同時にある意味でのライバルが存在すれば、袁満さんの女史に対する情もより濃くなっていくと云う道理であります。
(続)
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