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あなたのとりこ 495 [あなたのとりこ 17 創作]

「今迄も偶には一緒に昼食を食う事もあったんでしょう?」
「まあ、年に数回ね。例えばボーナスの出た次の日とか、暮れの年末調整の金が返ってきた次の日とかに、甲斐さんは俺や出雲君に昼飯を奢ってくれる事があったよ」
「へえ、そうですか」
「甲斐さんは独り身で別に家族に使うお金が要らないから、結構豪勢な食事を奢ってくれるんだよ。鰻とか鮨とか、山の上ホテルの天麩羅とか」
「甲斐さんはご実家で暮らしていらっしゃるんですか?」
「そうね。お母さんと結構大きな邸宅に二人で暮らしているようだ。前はお父さんも一緒に住んでいたんだけど、急性心不全で五年前に亡くなって仕舞って、それに、こっちも未だ独身のお兄さんも一緒に居たようだけど、お兄さんは仕事の関係で、二年前から北海道で一人暮らししているとか云っていたなあ。だから今はお母さんと二人みたいだね」
「へえ、そうですか」
 頑治さんは先程と同じ返事をするのでありました。特に甲斐計子女史の身辺に関して殊更の興味が今迄無かったものだから、こんな気の無い返事となったのでありました。
「甲斐さんは時々日比さんから夕食にも誘われる事があるみたいだよ」
「へえ、昼飯だけじゃなくて夕食にも、ですか。夕食となると一般的には昼飯よりはもっと豪勢になりますかね。で、そんな場合は日比課長の方が奢るんですかねえ」
「いや、甲斐さんは日比さんと二人で食事をするのを、実は避けているんだよ」
 袁満さんは取って置きの話をする時みたいに少し目を輝かせるのでありました。「甲斐さんを食事に誘う時の日比さんの目が何だか妙にいやらしそうで、変な魂胆があるんじゃないかって疑って、竟々警戒心を抱いて仕舞うんだとさ」
「ああそうですか」
 頑治さんはここでどう反応して良いのか判らずに苦笑するのでありました。
「まあ日比さんは若いピチピチしたお姉ちゃん好みだから、甲斐さんにそう云う妙な目を向ける事はないんじゃないかとは一応思うんだけど、でも日比さんにはそう云うチャンスがあると見ると、自分の本来の好みなんかさて置いて、兎に角手当たり次第、と云う妙にガツガツしたところがあるから、強ち甲斐さんの用心も考え過ぎだとも云えないところがある。で、甲斐さんは日比さんに対してあからさまに嫌な顔も出来ないから、隙を見せないと云う意味合いで、そっち方面では無難な俺や出雲君を食事に誘うんだと思うよ」
「ふうん、そうですか。でも昼はそれで凌げるとしても、日比課長に夕食を誘われるかも知れないと云う危機一発の生ずる恐れは、俄然払拭されない儘じゃないですかね」
「ここだけの話し、夕食で日比さんに付け込まれないようにするために時々、甲斐さんが会社から帰る時に、頼まれて神保町駅迄甲斐さんを送っていく事もあるんだよ。甲斐さんが会社を出てから、日比さんが追いかけて来るかも知れないからと云うんで」
 頑治さんは一種の軽口として、危機一発の生ずる恐れ、とか、俄然払拭されない、とかの大仰な表現を使用したのでありましたが、残念ながら袁満さんはそれには無頓着でありました。頑治さんは仕切り直すように小さく咳払いをするのでありました。
(続)
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