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あなたのとりこ 492 [あなたのとりこ 17 創作]

「俺はその心算でいる」
「ふうん、そう」
 頑治さんはプラスチックのコップを持ち上げて水を一口飲むのでありました。「で、片久那制作部長が辞める時に均目君も一緒に会社を辞めるのかな?」
「もっと後になる予定だ」
「そう云う指示が、片久那制作部長からあったのかな?」
「ま、そう云う事だ」
 何となく均目さんの口は嫌に素っ気なくなっているのでありました。頑治さんがどこか批判的な様子である事に、失望と警戒心を持ったのでありましょう。
「具体的に何時と云う指示は出ていないのかな?」
「今の段階ではどうなるか判らないよ」
「若し出来るなら、日取りが具体的になったら、会社に辞表を出す以前にこっそり俺にだけでも教えておいて貰えないかな。教えられたからと云っても、別に俺はそれを妨害しようと云う心算はないから、そこは用心しなくてもて構わない」
「それなら別に、事前に知っても意味が無いじゃないか」
「まあ、それはそうだけど、心積もりとして、・・・」
「会社には規定通り辞める一か月前に云う心算だから、それで構わないだろう」
「ああそう。それならまあ、それでも良いけど」
 頑治さんは屈託有り気に取り敢えずと云った風に頷くのでありました。妙に気まずい雰囲気がテーブルの上にどんより泥むのでありました。頑治さんは勘定を記してある伝票を取って、一瞥してから徐に立ち上がるのでありました。均目さんも少し遅れて立ち上がったので、今日の午餐はこれにてお開きと云う事であります。

 中華料理屋を出て神保町の交差点の処で、頑治さんはちょっと三省堂書店に寄ると云って均目さんと別れるのでありました。特に買いたい本は当面無かったのでありましたが、この儘均目さんと一緒に事務所に帰るのも何となく気重に思われたので、早々に別行動を取ろうとしての事でありました。午後の仕事迄未だ三十分程あるのでありました。
 頑治さんは始業十分前まで三省堂書店でうろちょろしてからブラブラ歩きで帰社していると、錦華公園の前で反対側から歩いて来る袁満さんと甲斐計子女史に出くわすのでありました。二人で食事をしての帰りでありましょう。袁満さんはどう云うものか出雲さんが居なくなってからは時々、甲斐計子女史と一緒に昼飯を食いに行っているようでありました。これ迄は昼休みに二人並んで歩く姿を見る事は殆ど無かったのでありましたが。
「よう、何処に食事に行っていたんだい?」
 袁満さんが手を挙げて見せるのでありました。
「タキイ種苗の横の路地にある中華料理屋ですよ」
「ああ、あの不味くて無愛想な中国人の店員が二人だか居る店か」
 袁満さんは眉根を寄せて数度頷くのでありました。
(続)
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