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あなたのとりこ 484 [あなたのとりこ 17 創作]

「でも当面は一人で遣っていかれるんでしょう?」
「そうだな。当面は一人で熟せるくらいの仕事量だろうからな」
「将来的には人を増やして、と云う風に考えていらっしゃるんですかね?」
「まあ、今後の成り行き如何では」
「遠からぬ将来、と云うよりはあっと云う間に仕事も増えて人も雇って、今の贈答社くらいの規模の会社にはされるんでしょうねえ」
 頑治さんは少々おべんちゃらも加味して云うのでありました。
「まあ、どうなるかな」
 片久那制作部長は含み笑うのでありました。つまりそんな将来像を満更描かないでもない、と云うところかと頑治さんはその心底を値踏むのでありました。
「手抜かりのない片久那制作部長の事だから、屹度思い通りにいくでしょうね」
「ところで唐目君は、この先も贈答社に身を置いておく心算でいるのかな?」
 片久那制作部長がここでも、少し居住まいを改めるように身じろぎする気配を頑治さんは感じるのでありました。何となく緊張感が醸し出されるのでありました。
「まあ、自分にはやっとありついた今の会社での仕事を容易に脇に置ける程の、これと云った取り柄も特殊技能も気概も性根も無いですから」
「ほう、大した謙遜だな」
「いや謙遜ではなくて生一本の事実です」
「唐目君の方が均目君や那間君より、部下として鍛え甲斐がありそうに俺は思うよ」
「いやあ、ここで俺を持ち上げても別に何も出ませんよ」
 頑治さんは頬を笑いに動かすのでありましたが、何だか少しぎごちない作り笑いになったように思うのでありました。片久那制作部長にそんな事を云われて嬉しくない事も無いのではありましたが、何となく穏便ならぬ響きの方をより強く感じ取って仕舞って、一種の用心からその発言を戯れとして聞いた事にしようとするのでありました。
「例えば本や雑誌の編集者とかライターとして将来遣ってみる気は無いかな?」
「まあ、制作部の仕事を手伝わして貰って、そっちの方面にもちょっと興味は湧いてきましたが、でも那間さんよりは指向としては俺の方が弱いですかね。那間さんは将来一流雑誌の記者とか、一端の編集者になりたいと日頃から公言していますし」
「何度注意しても直らない朝寝坊に代表されるだらしなさと云う点に於いて、今一つ信用が置けないからなあ那間君には」
 ああ成程と頑治さんは思うのでありました。しかし言葉にはしないのでありました。
「若し俺が会社を興したら、唐目君はそっちに来る気は無いかな?」
 片久那制作部長は無造作を装いながらも、しかし満を持して、と云った感じで云うのでありました。要は頑治さんに対してこの誘いをする目的でこうして態々、宇留斉製本所に挨拶に行くと云う尤もらしい理由を付けて、頑治さんの運転になる車に同乗しようと計ったのでありましょう。まあ尤も、頑治さんとしてはそこ迄自分を買ってくれた、或いは買い被ってくれた事に不快感を持つ謂れは全く以って無いのでありましたけれど。
(続)
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