SSブログ

あなたのとりこ 482 [あなたのとりこ 17 創作]

 すぐに下に降りて来た片久那制作部長を頑治さんは倉庫を出て、駐車場の車の横で迎えるのでありました。後部座席は折り畳まれてそこには荷物が積んであったから、片久那制作部長は長躯を窮屈そうに折り畳んで助手席に座るのでありました。
「じゃあ、出します」
 頑治さんはそう云って車を発進させるのでありました。
「入社して以来、何やかやとあって、今迄目まぐるしかっただろう」
 白山通りに出た辺りで片久那制作部長が頑治さんに話し掛けるのでありました。
「そうですね。何やかや、ありましたね」
 頑治さんは薄く苦笑いを頬に浮かべるのでありました。
「短期間に色々あり過ぎて、この先勤められるか将来が不安にならなかったかな?」
「いや、そこまでは。若し何か会社に居続けられない事が起こったとしても、それはそれで仕方ないですから。まあ、要するに縁が薄かったと云う事になりますかね」
「成程ね。唐目君はなかなか肚が座っているんだな」
 片久那制作部長は大いに感心したような云い方ではなく、かといって揶揄や嫌味を込めている風でもなく云うのでありました。
「肚が座っていると云うよりは、諸事に鈍く出来ているんでしょうね」
「いや、唐目君が鈍いとは思わないけどね」
「いやいや、なかなかそうでもないですよ、これが。その内化けの皮が剥がれます。いやもうとっくに剥がれていますかねえ」
「唐目君は必ずそう云う云い方をするが、そこは一種の慎み深さだと捉えておこうか」
 片久那制作部長はカラカラと笑うのでありました。
「池袋の宇留斉製本所には最近行かれた事があるんですか?」
 頑治さんは話しの舳先を曲げるのでありました。
「いや、もう十年も行っていないかなあ」
「ほう、十年ですか」
「偶に電話する事はあるが、それも最近は用があったら均目君に任せていて、とんとご無沙汰と云う感じかな。まあ、あそことは地名総覧社時代からの付き合いになるけど」
「ウチとの付き合いは最古参級ですかね?」
「まあ、その一つかな。昔はあそこのオバサン連中もそれなりに若かったしなあ。一番下の人は未だ結婚もしていなかったかな」
「ああ、あの三姉妹の一番体格の良い人ですね」
「昔は、まあ確かに痩せてはいなかったけど、ムチムチとした結構肉感的な色っぽい感じだったかな。今となっては、もうそんな片鱗も無いかも知れんが」
「いやまあ、お世辞じゃなくお綺麗ですよ。自分はタイプじゃないですけど」
「あの三人の中では、一番口煩くなっているようだな。前に唐目君の前任で業務をやっていた刃葉君が、大いに持て余して厄介極まりない人だと零していたけどな。時々」
 片久那制作部長はここでももう一度屈託なく笑うのでありました。
(続)
nice!(14)  コメント(0) 

nice! 14

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。