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あなたのとりこ 480 [あなたのとりこ 16 創作]

「親父に云っておきますよ」
 出雲さんは何となく興味薄気に云って愛想笑うのでありました。
「東京の知り合いの印刷屋に仕事を依頼する事があるのなら、偶にはそんな仕事絡みで東京に出て来ることもあるのかな?」
 袁満さんが頑治さんの酌を受けながら訊くのでありました。
「まあ、無い事もないっスかね」
「じゃあ、若しそう云う場合があるなら、連絡してくれよ」
「ええ、勿論連絡します」
 出雲さんは頷くのでありました。「仕事が絡まなくても、時々出て来ますけどね」
「ああそうなんだ。東京に何か時々出て来る用でもあるの?」
「ええまあ。・・・」
 出雲さんは思わせぶりに笑むのでありました。
「ははあ、その用と云うのはちょっとばかり艶っぽい用事ですかね?」
 頑治さんが口の端に笑いを溜めるのでありました。
「まあ、そんな感じっスかねえ」
「彼女に逢いに来るんだな?」
 日比課長も思い付いたように笑むのでありました。
「まあ、そんなところっス」
 出雲さんはもじもじと頷くのでありました。
「へえ、出雲君は今現在付き合っている彼女が居るんだ」
 袁満さんは今迄その辺には全く考察か及んでいなかったようでありました。同僚で時には一緒に仕事帰りに一杯酌み交わす間柄であるとは云え、そう云う話しはこれ迄出雲さんからはとんと出なかったのでありましょう。
「そりゃあ、モテないから水商売一本槍の袁満君と違って、出雲君はその辺りの手抜かりは無いだろうよ。そっちにかけては袁満君より余程ちゃっかりしているだろうし」
 日比課長が袁満さんをからかうのでありました。
「今迄そんな話しは聞いた事がなかったなあ」
 袁満さんは頻りに首を傾げるのでありました。
「別に隠す心算は無かったけど、何となくまごまごして云いそびれていたっス」
 出雲さんは頭を掻きながら袁満さんへの詫びのお辞儀をするのでありました。
 袁満さんはここでも何だか出雲さんに取り残されたような心持ちになったようで、寂しそうな顔色を一層濃くするのでありました。そんな袁満さんの佇まいを見て頑治さんは気の毒に思うような事も、まあ別にないのでありましたけれど。

 そんなこんなで、出雲さんはこの酒宴から丁度三週間して退職の日を迎えるのでありました。当日はもう別に従業員仲間で送別の酒盛りをする事もないのでありましたが、一同で金を出し合って帰り際に豪勢な花束を出雲さんに手渡すのでありました。
(続)
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