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あなたのとりこ 477 [あなたのとりこ 16 創作]

 袁満さんがそう抗弁したタイミングで、ようやく注文した徳利と猪口二つが運ばれて来るのでありました。日比課長が早速徳利を取って袁満さんの手にした猪口に酒を注ぎ入れるのは、別に先の言を詫びる心算からと云う訳ではないようでありますけれど。
「土師尾さんは、その顔を見るだけで誰でも鬱陶しくなる人だわね」
 甲斐計子女史が袁満さんへの助け舟としてそう云った訳ではないのでありましょうが、袁満さんは日比課長の揶揄から逃れるためにその言に食い付くのでありました。
「話す事が総て胡散臭くてまともに聞いちゃいられない。それに人の話しを聞くにしてもただ単に粗探しするためだけに神経を尖らせていて、内容に関しては殆ど聞いちゃいないし、兎に角話し相手をうんざりさせる名人だから、なるべく早くあの人から遠ざかりたいと云う気持ちが、日比さんにはしどろもどろになっているように見えるんだよ」
 袁満さんはなみなみ酒が注がれた猪口を、零すのを恐れてその場から動かさないで、尖らせた口で迎えにいくのでありました。
「いやあ、本当に緊張して心臓がバクバクしているように見えるけどねえ」
 日比課長はニヤニヤしながら揶揄の言をなかなか止めないのでありました。
「組合で牽制するとか云ったけど、つまり具体的にはどうする訳?」
 甲斐計子女史が袁満さんと日比課長の遣り取りを無頓着にさて置いて、均目さんのグラスにビールを注ぎ足しながら訊くのでありました。
「誰かが何か云われたら、その場で一対一で云い合いをしないで、何に依らず組合に持ち帰って、組合員全員で対抗すると云う形を取るって事ですよ」
「あの人はこの前の団交で残業の件を指摘されて以来、組合にはちょっとおどおどするところがあるみたいだから、組合を前面に押し立てるのは確かに有効かもね」
 那間裕子女史も均目さんの云う遣り方に頷くところがあるようでありまあす。
「即答を求められた場合、なかなかそうもいかないかも知れない」
 袁満さんが首を傾げるのでありました。
「あの人の話しで、即答を要するようなものなんか殆ど無いんじゃないかしらね」
 甲斐計子女史が少し考える風の目をして云うのでありました。
「まあ無いですね。若しあったとしても逆に即答をしないで、勿体付けて後でゆっくり考えてから返答するとか云ってしかつめ顔なんかして見せて、あの人を不必要に苛々させてやる方が痛快かも知れませんよ。苛々すると同時に不気味にも思うだろうし」
 均目さんがもう既に痛快そうな顔をして云うのでありました。
「根が小心者で、こっちが何やら訳あり気な素振りでもすればすぐに警戒心たっぷりになるから、そんな風な何やら一計がありそうな様子を見せるのは確かに有効だろうな」
 袁満さんがそう得心してから猪口の酒を空けるのでありました。
「ま、要するに組合員全員でまるで団交しているような雰囲気で対峙すれば、そうそう土師尾常務を怖れる必要は無いと云うことですかね」
 頑治さんが話しを纏めようとして云うのでありました。
「怖れちゃいないけどね、初めから」
(続)
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