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あなたのとりこ 471 [あなたのとりこ 16 創作]

「社長も会社の金を勝手に遣いこんで株を遣っていたと云う弱みを握られたから、片久那制作部長が会社を辞めるとなると、一面でホッとしているところもあるだろうし」
 均目さんが卓上に置いたジョッキを両掌で触ってその冷たさを楽しんでいるような手付きをしながら、那間裕子女史の言を補足するような事を云い添えるのでありました。
「そう、それがあるものだから社長は片久那さんを冷遇しようとして、会社を自分から辞めるように仕向けたんだろうからね。その後で弱気になったとしても、是が非でも片久那さんを引き留めに掛かるかと云うと、それはちょっとどうかしらねえ」
「片久那さんが居なくなるとすっかり土師尾さんの天下になって、社長には適当な事ばっかり云って誤魔化しながら、自分には好都合な事ばかり、あたし達には無体な事ばかり遣り出すに決まっているわ。社長の方も会社の金を自分勝手に使い放題になるし」
 甲斐計子女史はお先真っ暗と云った顔つきで首を横に振りながら、卓上に置いていたウーロン茶のグラスを持ち上げるのでありました。
「でもそれを防止するために組合を創ったんだろう、ねえ袁満君?」
 会社で片久那制作部方に話しを聞いている時以来、すっかり何も喋らなくなって仕舞った袁満さんを訝ってか、日比課長が話しを向けるのでありました。
「ああ、うん、それはそうだけど、・・・」
 袁満さんはようやくそれだけ呟くように云うのでありました。何となく心ここに在らずと云った風の、茫洋とした云い方でありました。片久那制作部長が会社を辞めると云う事にかなりのショックを受けて、茫然自失と云ったところでありましょうか。
「土師尾常務は実は頗る付きの小心者だから、片久那制作部長が辞めると聞いて、さあこれからは俺の天下だ、とか太々しくほくそ笑むよりは、先々の自分にのしかかってくる会社を動かす上での役割とか責任とかの重さを考えて、これは大変な事になったと狼狽しているんじゃないかな。そう云う事はすっかり片久那制作部長に任せっきりだったから」
 均目さんが袁満さんの口の動きが一向に捗々しくならないのを見取って、その代わりと云う訳ではないでありましょうがそんな事を云い出してみるのでありました。
「そうね、あの人は薄っぺらな見栄や体面の事はちまちま考えても、会社をちゃんとやっていく能力も器量も持ち合わせていないからね。根性無しだからひょっとしたら自分も、責任が重くなる前に慌てふためいて会社から遁走しようとするかもよ」
 今度は那間裕子女史が均目さんの説を補足するのでありました。
「ま、確かにその恐れは多分にあるか」
 日比課長が日本酒の徳利を自分の猪口に手酌で傾けながら頷くのでありました。
「でも社長との間で片久那さんを追い出して、土師尾さんが実質的に会社をやっていくと云う密約が既にあったから、あの席で社長が待遇の件を切り出したんじゃないかしら」
 甲斐計子女史がグラスを置くと読点のように卓が小さな音を立てるのでありました。
「それも確かに考えられるな」
 日比課長がこれにもしたり顔で頷くのでありました。
「全く、日比さんときたら調子が良いだけで、実は何も考えていないんだから」
(続)
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