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あなたのとりこ 469 [あなたのとりこ 16 創作]

 片久那制作部長は袁満さんのごく控え目な不満表明に対して、何ら頓着する様子も見せないで後を続けるのでありました。
「袁満君の仕事振りにしても俺にすれば物足りないところが多々ある。他の者に対しても夫々に云いたい事もありはする。しかしそれとは比べものにならないくらいに社長と土師尾常務の態度は、俺にとって許せないものがあると云う事だ」
 この制作部スペースに集っている従業員共としては、何だか少しはホッと息を抜いて良いのやら、それとも緊張し続けていなくてはいけないのやら良く判らないような、何とも妙に居心地のよろしくない片久那制作部長の云い草でありました。
 皆はもう少し得心が出来るくらいに具体的で生々しい、片久那制作部長が社長と土師尾常務を許せないところの理由を訊き質したいのではありましたか。しかし何となくそれ以上根掘り葉掘り片久那制作部長に言葉を要求するのが、非常に大儀であり不躾であるような雰囲気が場に重く泥んでいるのでありました。依ってここに集う皆は口をすっかり閉ざした儘で、一様に深刻顔をして項垂れているのみでありました。
「つまり片久那制作部長としては、今となっては、何があろうと会社を辞める事を考え直す気はないと云う事になりますかね?」
 頑治さんが念押しするのでありました。
「ないな」
 片久那制作部長は簡潔、且つまた慎に素っ気なく云い放つのでありました。
「あたし達を見捨てていく訳ね?」
 甲斐計子女史が少し尖ったような口振りで云うのでありました。
「君等には申し訳無い気が少しする。でもさっきも云ったように、これは無責任に聞こえるかも知れないけど、俺が居なくなっても大概の事はそれなりに何とかなるものだ」
「会社を辞めて、片久那制作部長はその後何をする心算なんですか?」
 日比課長がその辺に探りを入れるのでありました。
「未だ何も決めていないけど、まあそれは余計なお世話、かな」
 片久那制作部長に鮸膠も無くそう返されて日比課長は後の言葉を継げなくなるのでありました。日比課長としては片久那制作部長が実は既に、何やらその後に目算があって会社を辞めるのかも知れないと見当をつけたから、そこら辺りを訊き質したかったのでありましょう。少々穿って勘繰るとその片久那制作部長の目算に、あわよくば自分もちゃっかり乗っからせて貰いたいと、秘かに目論んだのかも知れないと頑治さんはふと考えるのでありました。日比課長は皆を出し抜く心算も、秘かに隠し持っているかも知れませんし。
「寸分も考える余地なく、生一本で会社を辞めると云う事ですね?」
 頑治さん同様に均目さんが念押しするのでありました。こちらの念押しには半分以上、もうそれを既定の事実として受け入れたような色があるのでありました。案外なかなかにもの分かりの良い、と云うのか、切り替えの早い均目さんであります。
「この会社はこの後、一体どうなるんだろう」
 袁満さんが殆ど自棄っぱちな調子で大仰に嘆くのでありました。
(続)
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