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あなたのとりこ 467 [あなたのとりこ 16 創作]

「別に弱みなんか握られてないよ」
 日比課長は、これも前に聞いたように憮然として云い返すのでありました。
「土師尾常務に遠慮する事なんか要らないよ」
 片久那制作部長が励ますように云うのでありました。「別にあの人は人より仕事が出来る訳じゃない。社長の手前、積極的に営業している振りをしているだけで、その実ただ単に得意先から入る注文を、電話の前で手を拱いて待っているだけに過ぎない。第一あの人に本当に営業力があるのなら、こんなに売り上げが落ちたりはしないよ。物欲しげな顔を晒して、すっかり相手任せに仕事が転がり込むのを待っているだけだ」
「それは間違いなくそうだけど、・・・」
 日比課長は頷くのでありました。
「それが判っているのなら、そんな人間をどうして畏れる必要があるの?」
「そう云いますけどねえ、何か一言でも云うと十言くらい云い返されるし、云っている事が一々癪に障るし、煩わしいからなるべく関わりを持たないようにしていたいし」
「そうやって逃げているから、増長するんだよ」
 片久那制作部長は少し厳しい目で日比課長を睨むのでありました。「冷静に、あくまで冷静にあの人の云う事に一々反論していれば、あの人は執念深そうに見えてもこちらが腰を据えてクールな文言で、あくまで強気に云い返していれば、段々、と云うか案外すぐに腰が引けて来て、こんな会話が延々と続いていけば次第に自分の云い分に破綻が生じて、相手につけ入られると云う恐怖に駆られてきて、みっともないくらいにしどろもどろになってしまうよ。一度そう云う目に遭わせると、後は警戒心と畏れで何も云わなくなる」
「まあ確かに、元来が小心者ですからねえ」
 日比課長は調子を合わせるのでありました。土師尾常務がそう云う人であるのは日比課長も既に判っていたのでありましょう。しかし今迄そう出来なかったと云う事はつまり、日比課長も五十歩百歩に小心者なのだと云う事になりますか。
「一度そう云う風にしてみれば、以後変な云いがかりなんか付けなくなるさ」
 片久那制作部長は日比課長の顔を見据えるのでありました。
「片久那制作部長だからこそそれが出来るんで、日比さんとなるとどうかなあ」
 袁満さんが懐疑的な笑みを浮かべて日比課長を上目に見るのでありました。
「俺だって冷静なら、あんなヤツに云い合いで負ける筈はないよ。でも話していると段々頭に血が昇ってきて、これ以上喧嘩腰で云い合っていると間違いなく胸倉を掴みそうで、それに面倒臭くなって、上司でもある事だから竟々こちらから矛を収めて仕舞うんだ」
 これは日比課長が自分の気後れを反省している言葉なのか、それとも頑是ない子供にするように大人の対応をしているんだと弁解して見せているのか、頑治さんには良く判らないのでありました。まあ、その両方の謂いがあると取れば良いのでありましょうが。
「無精していないで一度、やってみればいいんだよ」
 片久那制作部長はそう唆してから袁満さんの方に視線を向けるのでありました。「それにこれは、袁満君にも同じように云っているんだからな」
(続)
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