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あなたのとりこ 460 [あなたのとりこ 16 創作]

「それにしたって、社長にすればその上乗せ分も、姑息にケチりたいんじゃないのかな。社長は金に関してはえげつなく出し惜しみ屋みたいだから」
 袁満さんが頑治さんの観測に少しの疑問を呈するのでありました。
「あの二人は昵懇の仲のように見えて、実は牽制し合っているところもあるからね」
 甲斐計子女史が口の端を歪めて憫笑するのでありました。
「まあしかし社長は人一倍体面を気にするくせに、結構なリアリストでもあるからなあ。出雲君の年収分と土師尾常務の報酬を天秤にかけて、年収分より少ない額の報酬を出す方が算盤の上で得なら、気持ちの上では不本意でもそっちの方を選ぶだろうなあ」
 日比課長が先の頑治さんの意見に賛意を示すのでありました。
「二人の肚の内なんかどうでも良い」
 片久那制作部長が吐き捨てるのでありました。その語気にこの場の皆が気圧されて言葉を失うのでありました。で、現実に引き戻されるのでありました。確かにそうなのであります。この期に及んで社長と土師尾常務の気持ち等はどうでも良いのであります。あたふたの第一番目は片久那制作部長が会社を辞めると云う一事でありますから。

 日比課長が訊き難そうな風情で片久那制作部長に訊くのでありました。
「で、片久那制作部長には報酬の増額の話しは無かったんですか?」
「そんなものは無いよ。第一出雲君を辞めさせようなんて、俺は端から考えていない」
「折角組合が出来て、これから先色々と会社の運営やら従業員の待遇が透明になって、俺達個々としてもある程度納得出来るようになってすっきりする筈だったし、土師尾常務の専横も無責任も、かなり牽制出来るようになったと思った矢先だったのになあ」
 袁満さんが如何にも無念そうに呟くのでありました。「ここで片久那制作部長が辞めて仕舞えば、また元の木阿弥になってしまう」
 これは掛け値なしの本意のところで発せられる慰留の言葉でもありましょう。
「それどころか、片久那さんが居なくなると会社そのものが立ち行かなくなるんじゃないかしら。土師尾さんは全く頼りないし、抑々経営側のくせにどのように会社が動いているのかも、ちゃんとは知らないと思うわよ。これ迄何でもかんでも片久那さんに頼り切る心算でいて、自分ではする事もしないで呑気におんぶに抱っこを決め込んでいたから」
 甲斐計子女史も片久那制作部長の辞意に難色を見せるのでありました。
「あの人は単なる営業社員以上の仕事は今迄してこなかったし、さっぱりする気も無かったし、能力も無かったし。まあ、営業社員としてもそれ程有能とも云えないし」
 日比課長がここで意を得たように喋り出すのでありました。「片久那制作部長が居なければ、この会社は回らないだろうな。社長にしても下の紙商事と兼務だから、こっちばかりを見ている訳にはいかないし。それに大体、ウチの方の実務は何も出来ないし」
「もっと云えば社長は、実は全く手に負えない人物なんだよ」
 片久那制作部長が日比課長の顔を見据えるのでありました。「あの人は自分の金と会社の金のけじめが付かない人なんだから」
(続)
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