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あなたのとりこ 452 [あなたのとりこ 16 創作]

 片久那制作部長はこれまで見た中で最上級の不機嫌顔をしていて、ぞんざいな手付きで椅子を引き出して、何だか嫌に荒々しい喧嘩腰を見せて椅子を軋ませながらそこに座るのでありました。頑治さんは丁度倉庫に行こうとしていたのでありましたが、片久那制作部長の妙に荒けない様子に何となく憚りを覚えて、こちらはなるべく音を立てないように椅子から立ち上がって、極力静穏且つ丁寧に椅子を机の中に仕舞うのでありました。
「唐目君は倉庫に行くのか?」
 片久那制作部長が不意に頑治さんに声をかけるのでありました。
「ええ。明日池袋の宇留斉製本所に行く用意がありますので」
「それは後にしてくれるか。ちょっと話しがある」
 片久那制作部長の言は懇願の口調と云うよりは命令調でありました。「唐目君だけじゃなくて、那間君も均目君も一緒に聞いてくれ」
 那間裕子女史はその日の夜は確か三鷹のアジア・アフリカ語学院での授業がある筈でありましたが、片久那制作部長の思いがけない厳色に少々まごまごした様子で、断りの言葉を発する機会を逸して椅子に座った儘身を固くするのでありました。均目さんも片久那制作部長の顔付きに染まって、険しい表情で肩と首に力を入れているのでありました。
「今迄社長と色々話したが、この会社を運営するに当たっての当面の方策も将来の方向性も、俺の考えとはまるで交わらないと云う実感を改めて持った」
 片久那制作部長はそこで息継ぎのために言葉を切って、頑治さん、均目さん、それに那間裕子女史の順に、夫々を刺々しい目付きで見据えるのでありました。まあ、この刺々しさはこの三人に向けられたものでは多分ないのでありましょうが、
「これ迄も大分我慢してきたが、・・・」
 片久那制作部長は益々こちらの気分が暗くになりそうなくらいの、慎に陰々滅々、且つささくれ立った物腰で続けるのでありました。「もう社長の考えには俺は付いていけないし、付いて行く気も完全に失せたからから、この辺できっぱりと去る事にした」
「と云う事はつまり、会社を辞める、と云う事ですか?」
 均目さんが忌憚の面持ちで確認するのでありました。
「そうだ」
 片久那制作部長は断固として頷くのでありました。均目さんは反射的に少し甲高い声で唸るのでありました。那間裕子女史も全く意外な片久那制作部長の言に、返す言葉を失くして茫然とした目付きをするのみでありました。勿論頑治さんも驚くのでありましたが、事務所に帰って来た片久那制作部方の顔を見た時に、何となくそう云う事がこれからその口で語られるのではないかと云う予感のようなものは持ったのでありました。
 暫くの間、重苦しい沈黙が制作部スペースの中に泥むのでありました。
「片久那制作部長が辞めたら、今後この制作部はどうなるんですか?」
 那間裕子女史が重苦しさに耐えかねたように言葉を発するのでありました。
「それより何より、この会社自体がどうなるんですか?」
 均目さんが空かさず続けるのでありました。
(続)
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