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あなたのとりこ 451 [あなたのとりこ 16 創作]

 頑治さんが袁満さんの顰め面を何となく見遣りながら訊くのでありました。
「まあ特にはないけど、何となくこっちも終業時間になっても帰り辛いわよねえ」
 那間裕子女史が、云った後にそうなると決まったように溜息を吐くのでありました。
「その辺は、片久那制作部長はちゃんと判っているんじゃないの」
 均目さんが那間裕子女史の憂い顔に笑いかけるのでありました。「若しそんなような形勢なら、社長室にインターフォンで連絡してみれば良い事だし」
「それはそうだけど、・・・」
 那間裕子女史は一応頷くけれど、憂い顔は未だその儘なのでありました。「でも片久那さんが仕事そっち退けでこんなに長い時間自分のデスクを空けるのは、今迄なかった事だわね。少なくともあたしが会社に入ってからは初めてじゃないかしら」
「何か重大な話しをしているに違いないけど、その重大な話しの見当が付かない」
 那間裕子女史の憂い顔が均目さんに伝染するのでありました。「出雲君の退職金とか、或いは俺達社員に関しての何か重大な話しとかではないんだろうな、屹度。そんな話しなら適当に片付けて、こんなに異常に長い時間、社長と話し合いはしないだろうし」
「そうね、屹度自分に関わる重大な話しだから、日頃のクールさも、社長を手玉に取る事なんか訳がないとか云う嘗め切った余裕もすっかり忘れて、仕事そっち退けで談判しているんでしょうね。でもその談判の中身と云うのは一体何なのかしら」
 那間裕子女史は宙を見上げるのでありました。
「土師尾常務も帰って来ないところを見ると、こっちにも無関係ではないんだろうな」
 袁満さんが云うと那間裕子女史が袁満さんの方に顔を向けるのでありました。
「と云う事は、ひょっとしたらあの二人の待遇を、社長が見直すとか急に云い出したのかも知れないわ。だから二人結託して必死に社長に談判しているんじゃないかしら」
「そんな強気な事を、あの社長があの二人に云えるのかね?」
 均目さんが疑念を差し挟むのでありました。そこに丁度、茶を飲みたくなったためか、甲斐計子女史が均目さんのすぐ横を通り越そうとするのでありました。
「甲斐さん、ちょっと社長室に三人分の茶かコーヒーでも持って行って、中で何の話をしているのかとか三人の様子を探って来てくれないかな」
 袁満さんが甲斐計子女史の背中に云うのでありました。甲斐計子女史は話しには加わらないけど、自席でこちらの喋っている内容は聞いていたでありましょう。
「冗談じゃないわ」
 甲斐計子女史はすぐにふり返って首を横に何度か強く振るのでありました。「そんな厄介な場所に態々行くのは、誰に頼まれてもきっぱりお断りするわよ。何なら袁満君が行って様子を見て来れば良いじゃない。三人分のお茶はあたしが入れてあげるからさ」
 そう返されて、袁満さんもそんな勇気はないと及び腰を見せるのでありました。

 結局五時を過ぎた頃に片久那制作部長と土師尾常務は事務所に帰って来るのでありました。ほぼ一日の仕事時間一杯、二人は社長室に居たと云う計算であります。
(続)
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